夢現.壱

□一之夢
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聞こえる奇声を頼りに、見慣れない街をひた走る。
俺はずいぶんと昔に来てしまったようだ。
時代劇やなんかで見るような、古い都の街並み。
走っている間に、観察する。
冷静さを欠いてしまっては、正しい判断も何もあったもんじゃない。
だから、できる限り情報を集めて、分析する。
それが、知らない時代の知らない街に来てしまった俺の、今できる最良の策。

先程よりも幾分か近づいたのか、さっきは聞こえなかった小さな悲鳴も聞こえるようになってきた。

狭い路地裏に、気味の悪い白髪と異様な雰囲気を纏い、浅葱色の羽織を着て刀を振りかぶった男と、腰が抜けているのか壁にもたれかかっておびえたような、絶望したような眼で男を見る少年の風体をした少女。

なぜかはわからないが、そこで彼女を守らなければならないような気がした。

今にも刀が振り下ろされようとしたその時、間一髪間に合って二人の間に入り、刃を避けつつ男の胸を蹴り飛ばす。
驚くほど簡単に男は吹っ飛ばされ、壁にめり込んで気絶する。
すると、二人いた男の、もう一人の方が襲ってきた。


『おい、そこのお前。立てるか?』


短く端的に、視線は男からそらさず、必要最低限のことを聞く。
が、少女は必死に立とうとするも、どうしても立てないらしい。
仕方なく、もう一度応戦しようとした、その時――…


ザシュッ


確実に急所に届いたであろう、一閃。
男の後ろからそれは繰り出された。

そして、さっきまでは緊迫していた場の雰囲気にそぐわない、愉しそうな声。


??「あーあ、残念だな……僕ひとりで始末しちゃうつもりだったのに。斎藤君、こんな時に限って仕事が速いよね。」

斎藤「俺は務めを果たすべく動いたまでだ。……あんたと違って俺に戦闘狂の気はない。」

??「うわ、ひどい言い草だなあ」

斎藤「……否定はしないのか。」


ひょうひょうと笑う、その男の言葉に、斎藤と呼ばれた男はため息をついた。
そして、俺と、俺が後ろにかばっていた少女に視線を向けた。
俺はその瞳の奥にある暇で瞬時に読み取っていたが、後ろの少女はそうはいかなかったらしい。
次に続いた男の言葉でようやく身を固くする。


??「でもさ、あいつらがこの子たちを殺しちゃうまで黙って見てれば僕たちの手間も省けたのかな?」

斎藤「さあな。……少なくとも、そっちのそいつはおとなしく殺されるどころか、逆に返り討ちにしそうだがな。」

??「それはそれで、手間が省けたね。」


ならば俺が闘い終わるまで待っていればよいものを。
まあ、無駄な体力を使わずに済んだから、よしとするか。

そして、彼らの風体を見て、思考を巡らせた。
浅葱色に、だんだら模様の羽織と言えば新選組。
つまり俺は、幕末の世界にきちまってるってことか…。

そこで思考は中断させられる。
ふっと月明かりが陰ったからだ。


??「……運のない奴だ。」


今まで俺をしいたげてきた人間たちのように、冷たい声。
だが、それでいてどこか暖かそうな、不思議な声の持ち主。
そいつに突き付けられた、刀の切っ先を、俺は折ってやろうかとも思った。
トリップ特典というやつなのだろうか。…元から強かった俺の力はもはや人間とは言えないぐらいに増強されていた。

しかし、そいつの瞳を見た時。感情の揺らぎを感じ、それ以上何かするのをやめることにした。


??「いいか、逃げるなよ。背を向ければ斬る。」


ふと、後ろの少女を振り返れば、脅しでないことが分かったのか、こっくりとうなずいた。
もう一度彼の方を向く。
彼の眼は俺に、「お前は?」と問いかけているようだ。

俺は、ふっと口元に笑みを浮かべ、『好きにしろ。』とつぶやいた。
間近にいた彼には、それで聞こえたらしい。
あっさりと刀を納めた。
後ろで、呆けたような、「え……?」という声が聞こえる。

彼の眼を見て、さっきの揺らぎを見れば、その行動は俺にとって容易に想像がつくものだったが、ほかの人たちには意外な行動だったらしい。


??「あれ?いいんですか、土方さん。この子たち、さっきの見ちゃったんですよ?」


長い黒髪を後頭部のあたりで一つにくくった男は、土方というらしい。
土方の眉間のしわが、濃くなる。


土方「……いちいち余計な事を喋るんじゃねえよ。下手な話を聞かせちまうと、始末せざるを得なくなるだろうが。」


さっきのやつ。あれは、見た目からして異様だ。あれは、新選組にとって機密事項だったらしい。
まあ、あんなものがその辺にいるとは考えにくいしな。なんかあんだろ。


斎藤「こうも血に狂うとは、やはり実務で使えるものではありませんね。」

土方「……頭の痛え話だ。まさか、ここまでひどいとはな。」


血に狂う…どうも正常な状態じゃないようだったが、そういうことか。


『おい…いつまでこんなとこに突っ立ってるつもりだ?
それとも何か?俺たちを見逃してくれるとでも?さっきの口調からしても、それはねえと思ったんだがな。
予想に反してお優しい配慮ってとこか?』

土方「ちっ……てめえ、なめてんじゃねえぞ。自分の立場を考えろ。
おかしな格好しやがって。怪しさ満点じゃねえか。今すぐに切り捨ててもいいんだぞ。」


土方からは、本物の殺気が立ち上っている。


『おいおい……殺るんならさっきそこで殺ってるだろう。お前、自分で思ってるほど自己を隠しきれてねえぜ。』


俺のその言葉に、土方は虚を突かれた、という顔をした。


土方「……っ…どういう意味だ。」

『どういう意味もなにも、そのままだ。瞳の奥の言葉を、隠しきれていない。
まあ、それを看破できる人間は、そういないだろうけど。』

土方「お前……」

斎藤「副長、お気持ちはわかりますが、まず移動を。」


斎藤の言葉に、少女の腕を先程沖田総司と名乗った男がつかむ。
そして、俺の腕は、斎藤が。
正直、簡単に振りほどけるが、それも面倒だ。

素直に男たちについて行った。






一之夢(了)
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