夢現.壱

□三之夢
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障子を開けると、清々しい朝の空気が流れ込んでくる。


千鶴「今日は、少し肌寒いかな。」


私と雲雀さんが屯所で暮らし始めて、一週間。
私たちには基本的に自由な生活と、二人だけの部屋が与えられていた。

雲雀さんの態度は初日から相変わらず冷たい。
一緒の部屋だから、少しすごしにくいけど、雲雀さんは心の底から冷たい人じゃないんだと思う。
だって本当に冷たい人なら、私を助けてくれなかったと思うから。

なにかが、雲雀さんの本当の姿を覆い隠してしまっている…。そんな感じがしていた。


千鶴「それよりも……」


私は現在、男装を強いられている。

確かに、隊内に女がいてはいけないものだとは思うから、男装は必要なことだと思う。
でも、男装をするからには、刀を差していなくちゃいけない。

今腰に差しているのは、家を出るときに持ってきた小太刀。
父様から、肌身離さず持っているように言いつけられている。
雪村家に代々伝わる小太刀とかなんとかで……。

小太刀の道場には通っていたから、人並みには扱えると思う。

でも、やっぱり刃物は苦手。

私は、体質なのかわからないけど、小さな傷ならすぐに治ってしまう。
小さなころは気にしていなかったけど、大きくなってからはそれが普通ではないと気付いた。

すぐに傷が治ってしまう体質なんて、気味悪がられるに決まっているから、人には言えない。

だから、怪我をしないようにと刃物から身を遠ざけるうちに苦手になってしまっていたのだ。


千鶴「それに……。」


気が重くなる理由はほかにもあった。
隊士さんたちの目が、何となく冷たいのだ。

たぶん、気のせいじゃない。
雲雀さんとはまた別の冷たさ。

不満に思うのはわかる気がする。
どこから来たのかわからないような子供が、突然やってきて幹部並みの扱いを受けているのだから。
それに、私たちを監視するためにいつも幹部のだれかがそばにいるから、可愛がられているように見えて余計に羨ましがられているらしい。


千鶴「どうせしばらくお世話になるんだし、屯所の皆さんとも仲良くしたいんだけどな……。」


できるだけ隊士さんとかかわらずに、ひっそりと暮らすしかないのかも……。
そんなことを考えていたら、気が滅入ってしまった。

体質のことも、隊士さんのことも、誰にも相談なんてできない。

だけど、もしかしたら――


千鶴「雲雀さんになら、言えるかも。」


彼女なら、言っても気味悪がったりとかせずに『ふーん。別に気にどうでもいい……。』とかで終わらせそうだ。


千鶴「……あり得る。」


想像してみたら、ほんとにそう言いそうで、思わず笑いが込み上げてきた。


千鶴「ふふっ」

『――何笑ってんの?』

千鶴「っ!!」


吃驚した……。雲雀さんのことを考えて笑っているときに、いきなり本人から話しかけられるんだもの。


千鶴「あ……おはようございます。」

『おはよう……。』


態度は冷たいけれど、挨拶だけはきちんと返してくれる。
それがうれしい。隊士さんの中には挨拶なんてしてくれない人はいっぱいいるから……。
やっぱり、優しい。


千鶴「……起きてらっしゃったんですか?」

『今起きたとこ。で?』

千鶴「えっと……で?とは?」

『だから、笑ってた理由。』

千鶴「…………。」


……あなたのことを考えてたら笑いがこみあげてきました、なんてとてもじゃないけど失礼すぎて言えないっ……
どうしよう……。


『まあ、いいや。別にどうでもいいし……。』


私が答えられないでいると、興味を無くしたみたいで、深追いせずに質問を切り上げてくれた。

それから雲雀さんは無言で着替え始めた。
私の思考は終わってしまっている。
何も考えないでいると、頭に浮かんでくるのは父様のこと。
結局のところ、私はまだ屯所の外に出してもらっていない。
京には父様を捜しに来たのに、なんだか足止めを食っているような気がしてしまう。

……そうだ。
雲雀さんに父様探しに協力してほしいと頼んでみようかな。
たぶん断られるんじゃないかとは思うけど、雲雀さんほど強い人で、なにも仕事とか役割を持っていない人と一緒なら、探しに行かせてくれるかもしれない。
ああ、でもだめか。
雲雀さんは新選組の隊士ってわけじゃないから、私が逃げるかもしれないって可能性は消えない。

やっぱり、土方さんに頼むのがいいのかな……。


千鶴「あ、でも……。」


土方さんは、大阪に出張中だった。

………。

……………。

これって、鬼の居ぬ間に何とやら?
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