夢現.壱

□一之夢
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ああ、人間なんて大っ嫌いだ。
この世から消えてなくなってしまえばいいのに。

人間はこの世界を我が物顔で闊歩する。
自分より劣るものを見つけ出そうとする。
少し世間の常識から外れたやつを見ると、途端に群れて攻撃する。
本当は弱いヤツらなのに、群れることでその弱さを補ったように思って、攻撃してくるんだ…。
そんなのは、ただ、弱さが隠れて見えなくなっただけなのに。

だいたい、常識とはなんだ?
常識とは、「ほとんどの人間がそうであると感じる」ことか?
ばかばかしい…そんなのは所詮、多数決で決めたかりそめの物にすぎない。
多数決をすれば、必ず何人かは違う意見を持っている。
ならば、その違う意見を持っている奴らはすべて「おかしい」人間なのか?
「おかしい」人間と「おかしくない」人間…その線引きはあいまいなのに、少しだけはみ出すと攻撃される。
「出る杭は打たれる」ってやつか……

だが、歴代の偉人に限って、実は「おかしい」人間だったりするんだよ。

「おかしい」のが悪いのか「おかしくない」のが悪いのか……。
あるいは、その線引きをしようとしていることがすでに悪いのか。

俺には何もわからない。所詮は俺も、その人間なのだから。

ただ、一つだけ言えること。群れてオオカミ気取ってるが、「おかしい」人間から見れば所詮アリンコの大群にしか見えねえってことに…。
人類ってやつは、いつになったら気づくんだろうな。
いや、滅びるまで気付かないのかもしれない。



高校の帰りだ。
ふと、そんなことを思っていた。
俺は人が嫌いだ。
その思考が終了した後、頭に浮かんだのは早く帰ってこの煩わしいスカートを脱ぎ去りたい、だった。
何故生まれるときに選べもしない、不本意な性別によって着る物を決められなきゃならん。
不可解で、不愉快でどうしようもない。



俺は本が好きだ。
他人の考えを押し付けられることなく、自分だけの世界を創っていける。
文章は、世界を創るきっかけにすぎない。
同じ文章を読んでいても感じること、創る世界は人それぞれ。文章を読んで作者が創った世界を同じように創ることができるのは、誰もいない。それができるのは、作者本人だけだ。

本が好き。絵が好き。
何かを作り出すことは楽しいと思う。
嫌いな人間がいない世界。
自然だけの世界を創りだすのは俺にとって至福の時だ。
そこには、嫌いなものは何もないから。



俺は、うちに帰ってすぐに着替え、読みかけの本を持って家を出た。
動きやすくてシンプルな服装。
体にフィットしすぎない黒の長ズボンと大きめの長袖のTシャツを着て、スニーカーを履く。
その間約一分。

一刻も早くそこから離れたかった。

娘(と言いたくもないが)を使って私腹を肥やすばかりの男と、親の権力を笠に着て自分で料理の一つもしたこともないような女。
その夫婦関係は冷め切っている、というかもとよりそこに愛など存在しない、ただのお互いの利害関係が一致しただけの関係。
そんなものがいるだけで、温かみもない。
家にいたところでいいことなど一つもないし、それどころか不愉快な思いをしてストレスがたまるだけだ。

無駄に目立つ馬鹿でかい自宅が見えなくなる程度の所にあるわりと大きな公園に向かって急ぐでもなく、ゆったりと自然観察をしながら歩く。
季節のせいか生き物の泣き声はあまり聞こえないが、その代わり凍てつく風が枯葉や常緑樹の間を通る音が聞こえる。
見上げた空は、抜けるような青空で、けれどどこか霞んで見えた。



着いた公園では放課後の小中学生が遊んでいて、わあわあと騒がしい。
ピクリと不快気に眉根を寄せ、それからいつも上って読書している桜の木に近づき、軽く助走をつけて飛び上がった。
太い枝に片手でつかまり、そのまま懸垂の要領で枝の上に登る。
ひょいひょいと危なげなく木の中程まで登り、幹に背を預けて本を開いた。
気温こそ低いが、ポカポカとした日差しが眠気を誘う。








そして俺は、気づかないうちに寝てしまった。








気付くとあたりは真っ暗。
夜目は利く方だが、どういうわけかあたりには街灯もなく、真っ暗闇だ。
夜でも往来が激しく、騒がしいはずのすぐ近くの駅前通りの方に耳を傾けてみても何も聞こえない。耳が痛くなるような静けさ。

…とそこに、思わず耳を疑うような奇声が上がった。

何だろう。行ってみよう。
普段なら、面倒くさい。その一言で切り捨ててしまうのに、今日はどういうわけか行ってみたくなった。
桜の香りに包まれて昼寝をしたからかもしれない。

あの時行かずにいればよかった…。あとで後悔しても時すでに遅し。
この時俺は、すでに巻き込まれてしまっていたのだから。
俺たちの世界とは違う世界での、「もう一つの物語」
時代は、動き始める。
さらさらとこぼれるせせらぎのような流れから、次第に大きくなってついには船が転覆してしまうほどの大波を伴った海へと、流れ始めた。

本来の姿とはまた違う、あるはずのない人物が介入することにより、世界は、その姿を大きくゆがめようとしていた。
その時の俺は、まだそんなことには気づかずに、ただ自分の不幸を嘆いていただけだったのだが―――…。
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