リクエスト

□8000hit 彩様へ
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そう思い、地を蹴る足に力を込めると、ひゅんっと飛来する音。
拓けた場所に出たとき、足を踏み出したとき、何かが顔を掠めた。
速すぎてとらえきれなかったソレは、すぐ後ろの木に突き刺さっていた。

「金剛杵…?いや独鈷杵か…」

なぜこんな所に仏具が?
いやそれよりも、これは投げるものじゃない。

俺が知っている独鈷杵よりも禍々しい刃がついている。
よく研がれ、殺傷力がある長く鋭利な刃だ。
おそらく、仏前へ捧げるのではなく、元から戦闘を前提として作られたものなのだろう。
そうでなければ、投擲できるようなものではない。

独鈷杵から目を逸らし、眼前を見る。
そこに広がる光景に目を疑った。

「なっ…」

そこには、志摩がいた。
そこには、悪魔がいた。

銀色の毛並みの大きな獣。
体を抉られ、咆哮を続けている悪魔。
志摩が獣を従え、見たこともない笑みで藻掻き苦しむ悪魔を見下ろしていた。

冷たい瞳。
俺の知る志摩ではなかった。
俺が知っている志摩は、いつも締まらない顔で、甘えたで、悪魔を従えてなんていない。
そもそも、手騎士の才能なんてなかったはずだ。

なぜ?どうして?

俺の出した声で気づいたのか、ちらりとこちらを見る志摩。
志摩と一緒に獣までもが俺を見てきた。

[小僧、あれは喰らうて良いか?]
「だーめ」

にっこりと笑う志摩。
だめと言われたからか、獣が志摩に身を寄せて不服そうな声で鳴いた。

「あれは不味いさかい食べたらアカンよ」
[ならば遊んでも良いか?]
「ガルムの遊ぶは喰らうと同じやろ。だめやって」
[腹が減って仕方がない。此の様な低俗な悪魔、腹の足しにもならぬわ」
「我慢やって…」

悪魔が奏でる不協和音の中、志摩と獣―――ガルムは世間話をするような気楽さで話していた。
あまりにも不釣り合い。
あまりにも自然すぎる。

「し、ま…?」
「なんです…?」

やっとの思いで出した声は、小さく震えた。
志摩は微笑むけれど、その瞳はひたすらに冷たいまま。

「なぁ、志摩やろ…?なんで悪魔と…悪魔なんかとおるんや」
「悪魔、なんか?」

瞬間、空気が張り詰める。
重苦しく禍々しい殺気。
これは、志摩が出しているものなのか?
こんな殺気を―――志摩を、俺は知らない。

「失礼やんなぁ…悪魔なんかとちゃいますえ。俺の友達をなんかとか言わんといてもらえます?」

唸る獣を制しながら志摩が喋る。
抑揚のない声は、俺の心に恐怖を植え付けていく。

「悪魔が友達…?」
「友達ですよ、大切な」

何を、言っている?
悪魔が友達?
だって…、悪魔は…悪魔は。

「倒すべきもんやろ…?」

聞き覚えのある、澄んだ音が響いた。
数瞬遅れて志摩のものと思われる錫杖が、足下に突き刺さる。
投げる動作なんて見えなかったのに!

「悪魔が倒すべきもの?それ…本気で言うてはりますの?」

静かに、けれど確かな怒気がこの場の空気を満たしていく。
重い空気のせいか、段々と苦しくなってくる。

「倒すべき悪魔が悪?絶対的な悪ってことですか?じゃあ訊きますけど、絶対的な善なんてもんはあるんですか?悪の定義がなされとるんやったら、対の善にやって定義があるんやろ?言えます?明確に善いうもんの説明ができます?…あぁ、悪魔倒す言うてはる坊が善とでも?坊に限らず、悪魔を祓うことを生業にしとるやつらみぃーんな、善とでも?」
「っ…!」
「確かに、善かもしれへん。でもそんなん坊だけの、ひとりよがりの正義や。人によってものの受け取りかたなんて違ってくる。それこそ十人十色や。確かに坊の正義に共感するもんもおるやろ。理解してくれるもんだっておるやろ。せやけど、俺やこいつらからみたら、あんさんの言う正義こそが悪や。仲間滅ぼす言うてる奴が悪やで。せやから、自分が正義の味方やと思っとるんやったら、大間違いや」

淡々とただ語る。
志摩に従う悪魔は未だ俺を睨み付け、低く唸っていた。
頭の中では警鐘が鳴り響く。
逃げろ、危険だ、と。
けれど体が動かない。
その場に縫い付けられてしまったかのように動けないのだ。
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