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春麗らかなこの良き日。
明陀宗が座主血統勝呂家と、それを守護する僧正血統の志摩家は桜の花が咲き乱れる円山公園に来ていた。
京都でも名所と名高い花見スポットに、今日ばかりは任を忘れて楽しむために。
檀家の気遣いもあって寺の運営に支障を来すことなく、こうして重職の面々がそろって外出することができたのだ。

陽射しに煌めきながらひらひらと桃色の花弁が宙を舞っている。
青い空にそれはよく映えて、春特有の暖かな気温も相俟って春であることをより実感させられた。
そんな中、まだ幼い廉造、竜士、子猫丸の三人は手を取りあって桜並木の一本道を行進よろしく歩いていた。
その三人の様子を微笑ましく見守りながら大人たちは来てよかったと心底思う。
こんなにはしゃぐ子供たちを見るのは幾ぶりか。
子供は子供らしくこうして笑っていればいい。
あの夜を知る大人たちに感化されずに、明るく元気に。

確保していたスペースに皆で座って、女性陣が朝早くから作っていたお重を広げ始める。

「たこさんや!」

お重の中身を覗き込んでいた廉造がキラキラとした瞳で、隣にいる竜士へたこさんウインナーの在処を示すように指差した。
指の先には赤いウインナーが確かに鎮座しており、嬉しそうな廉造に竜士も笑う。
そして子猫丸へも伝え、そわそわしながら準備が整うのを今か今かと待っていた。

「子供はかいらしいなぁ…」

そんな様子を見ながらしみじみと呟くのは高校生の柔造だ。
春休みということで一時的に帰省中である。
笑う子供らを眺めながら帰ってきて良かったと心底思う。

「なに言うてはるん、廉造が一番やろ!」
「せやなぁ」
「俺の廉造やさかい世界一なんやで!!」

ぴくりと柔造の肩が揺れる。
三人の方を向いていた柔和に垂れ下がった双眸を金造へと向け、笑う。

「誰が、誰のやって…?」

清水を思わせるような静かな、それでいてよく通る声が金造の鼓膜を震わせる。
確かな怒気を含んだ声だが、見るものを魅了する微笑みに騙されたのか、ただ単に気付いていないのか金造は誇らしげにその問いに答えた。

「廉造が、俺の!」
「アホいいなや!」

すぱーんと小気味良い音が辺りに響く。
その音に驚いたのか子供三人が二人のやり取りをあっけにとられながらも見ていた。
見られていることに気付いていないのか柔造と金造の言い合いは続いていく。
廉造に関する二人の言い争いはこれといって珍しいものではないため、志摩の者は誰一人として気にすることはない。
あぁまたやってる程度の煩瑣なこと。
しかし、廉造は俺のもの!宣言を聞いた竜士は小さな足で二人へと歩み寄る。

「柔造、金造!」
「「?」」

凛とよく通る声は―――人を纏めあげる者としては望ましい素質だが今この場においては、二人の意識を引き付けるためだけのものとなっている―――己よりも大きな二人を確かに怯ませた。
何のようかと二対の瞳が竜士を射抜く。

「れんぞうは、おれのや!」
「「え…」」

どうやら、先程の宣言が気に入らなかったようでむん、と二人を見上げてそう言った。
まだ小さな体で堂々と言い放つ様は将来が楽しみに思えた。
思えるのだが、如何せん内容が内容だ。

「いやいや、坊?え?え?」
「れんぞーはおれとけっこんするんや!」

その言葉に今度こそ二人は言葉をなくした。
結婚すると高らかに言いはなった幼い竜士の瞳は真剣そのもの。
子供にありがちな口約束などという軽いものではないのだろう。
その声は虚偽なく確かな決心を伝えていた。

「坊に廉造は渡しません!」
「せや!!柔兄の言うたとーりですえ!!」

まだ幼い相手に、全力で抗議する二人は誰がどう見ても大人げない。

「ほなら、れんぞーに聞いてみればえぇんやろ?れんぞー!!」
「ふひゃあ!!」

なんの前触れもなく名前を呼ばれたからか、子猫丸と重箱を覗いていた廉造の肩がはねる。
その光景に三人の空気は弛緩する。

「なんです?」

ぱたぱたとやってきた廉造は定位置でもある柔造の膝の上へと座った。
ちょこんと収まるさまは愛らしい。
愛らしいが、竜士の視線が痛かった。

「れんぞーはおれとけっこんするんやろ!?」

言葉の意味を解していないのかこてん、と首を傾げた。
そして、目をぱちくりさせながら一言。
「れんは、おとんとけっこんするんやで」
「「「…………え?」」」
「せやから、だれともけっこんしいひんの!」

にぱっと笑い、ある意味爆弾を投下した弟を、柔造は思わず抱き締めた。
頭の中では疑問符が飛び交っているが、そのあまりのかわいさに体が勝手に動いたらしい。

「お父と、結婚…?」
「おん!!」

金造がゆっくりと復唱した言葉に満面の笑みで応える廉造の姿の残酷なこと。
残酷な天使とはこのことか。
三人が三人とも放心していると、話題の人物であるお父こと八百造がゆっくりとこちらへやってきていた。

「廉造」
「はぁい!」

名前を呼ばれ、実に嬉しそうに返事をして駆け出す廉造を止めることも出来ずただ黙って見送った。

「坊…それでも廉造は渡しまへんえ」
「うばったる」
「廉造は金造様の子分やで」
「黙れ金造」

小さくなる背中を見つめながら、ようやく絞り出した声はそれでも廉造に関してだった。



これが、大人になっても繰り広げられることになる廉造争奪戦の記念すべき第一戦目だった。
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