シリーズ

□躑躅色の悪魔
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新幹線での男三人というむさくるしい地獄のような長旅は、途中からまったくと言っていいほどに記憶がない。
どうやら爆睡していたようで東京に着くなり起こされ、現状把握がまったくできなかった。
あれ?

金兄から聞いた建物が本当にあるか知りたかったのに、確かめる前に寝てしまったらしい…。
帰るときにでもリベンジしよう。
うんうん、と一人頷き二人へと向き直る。
寝起きのぼやけた頭をフル稼働させて笑顔を作る。

「もうついたんですか?」
「よう寝とりましたさかい早く感じるんですよ」

子猫さんは困ったように笑っているけれど、隣で坊が睨んでくる。
坊の目力はかなり迫力がある。
ほんと、堅気の人間には見えないくらいだ。
しかも上京するにあたって髪を染めたので、怖さに拍車がかかったような気がする。
ピアスまで空けているし、どこからどう見ても不良だ。

そんな目で睨まれるのはまったくもって心外。
なんだってこんな睨まれてるんだろう。

別に、寝るくらいは普通だと思うのだけれど。
いや、いやいや、二人の反応はこのさいどうだっていい。
些細なことだ、そうだろう。
そんなことよりも、だ。
この二人の前で寝るとか…ほんと最悪。
まるで気を許しているようじゃないか。
いくら近くにやたがいるからといって…うわ。

自己嫌悪から顔を隠す。
隠すためにかざした右手には、お父からの餞別。
ちゃら、と揺れるそれは、なんだかのっけから躓いた自分を元気付けてくれているように存在を主張する。
重ねて、頼りなく揺れる蜻蛉珠をそっと握りしめれば、見えぬ兄に励まされているようだ。
出鼻挫かれた思いだけど、廉造は一人でも頑張ります。
そう決意新たに荷物を持って新幹線を下りる。

駅は人でごった返していた。
これだけなら東京も京都も変わらない。
ただ、聞き慣れた言葉が聞こえなかった。
たったそれだけで、自分が家族のいる京都から遠く離れた地にいるのだと痛感する。

「まず寮やな……志摩、ボサッとしとらんと行くえ」

どうやら、俺は感慨にふける暇すらもらえないらしい。
行き交う人をぼんやり眺めていたら、坊に手を引かれた。
いきなりで普段のように対応できず、咄嗟に振り払ってしまい自分でも驚いてしまう。

「ぁ…」
「志摩…?」

やって、しまった。
家族にもあまり露骨な態度は取るなと、散々注意をされたのに!
ほら、坊だって子猫さんだってびっくりしてる。

「ど、どうせ繋ぐならかいらしい女の子のほうが嬉しいですー」
「アホいいなや!」
「志摩さん…」

ナイスフォロー!と内心で自分を誉める。
日頃から女の子が好きだ好きだと言っていて良かった…!
多少視線が冷たくなったって俺は気にしないし!
むしろ離れていってくれれば…なんて考えてやめる。

ただでさえ嫌なのに、人間関係まで悪くなったらやっていけない。
たとえ人としての相性が最悪であろうと、盾は役目を果たすだけでいい。
必要とされるのは人間性ではなくて、確かな実力だ。
実力がなかったら首を切られる。
なんて酷な職場だろう…。

自分で言うのもあれだが力はある方だ。
切られるなんてことはまぁ、まずないだろう。
なら、長い付き合いになるのだから外聞くらいは取り繕っておかないと、本当にめんどうくさいことになっていまいそうだ。

呆れながらも手を引くことはやめてくれた坊と子猫さんの後ろを、そんなことを考えながらのろのろとついていく。
初めての土地だというのに迷うことなく進んでいく坊は、おそらく地図が頭に入っているのだろう。
おかしい。
ほんとおかしい。
変態だ。

「はぁ…」
「なんや、ため息なんぞつきおって」
「なぁんもないですー」

ついつい口からこぼれたため息はしっかりと聞かれてしまっていたらしい。
どうしたかと言われて、まさかあなたのせいです(笑)だなんて言えるわけがない。
そのため、言葉を濁して早々に会話を打ち切った。

それからは、会話をしようにも気がのらないし、下手なことを言うよりは黙っていたほうが心労が少なくていいと判断し、ただひたすら歩いた。
暫く歩いてふと気付く。
まさか、徒歩で寮まで行くのだろうか。
それなりの距離はあるだろうし、なにより春だというのに暑い。
そんなの、嫌だ。
俺は楽がしたい。
刻苦しようだなんて思わない。

「ぼぉーん…まさか、まさかですけど、寮までって…」
「徒歩や」
「なんでやねん!!」
「節約やで」

さらりと答える姿に妙な殺意がわいたのは仕方ないと思う。
徒歩とかふざけてる。
節約したいならなんで上京したんだよ。
大人しく地元にいろよ。
俺は家族といたかったのに、なんだかんだいって巻き込まれる形で同行するはめになったというのに…!
酷い。
酷すぎる。
これが人間のすることか。

「嫌ですよー…疲れるやないですか…」
「たまにはえぇやろ。三人で話しながら行くんも」

よくない。
百歩どころか一万歩譲って歩くのは、まぁいいだろう。
俺だって柔兄とハイキングという名の山籠りに付き合ったことだってある。
こんな歩きやすく舗装された道、あの山々に比べたら楽すぎる。

でも、でも!
三 人 で?
ふざけてますか?
ふざけてますよね?
なにそれどんな拷問。
隣にいるやたが心配そうに体を擦り寄せてくるが、なにぶんミニサイズなためくすぐったい。

「最近は準備が忙しくて会えてませんでしたしね」

わざと。
それわざと!
わざと会わないようにしてたんです!
家族に協力してもらって買い出しに行ったりしてましたよ。
春休みは楽しかった。
だって、エンカウント率が低かったからね!

「せや、学園着いたらまず部屋行かなあかんな」

手で扇ぎながら坊が言う。
暑いならタクシー拾って!

「寮の部屋って決まってはりますの?」

決まってるならそれでいいが…二人と一緒はやだ。
もし一緒だとしたら多分、耐えきれずに発狂する自信がある。
四六時中気を張り詰めてたらボロがでそうで、いやだ。

「いや、知らん」
「向こう着いたら教えてもらえるんですて。みんな一緒ならいいですねぇ」
「せやったら(二人だけは)楽しそうですね」

楽しそうに笑う子猫さんと裏腹に俺はどんどん憂鬱になる。
それでも笑える俺って凄い!!
でも俺のライフは零に近い。
早く一人になりたい。
そんでもって、即行誰かに電話しようそうしよう。
今の俺には癒しが必要だ。

二人が話す内容はほとんど右から左、左から右へと受け流す。
だってつまんないんだもん。
適当に相槌をうっていれば話を聞けと怒られることもない。
そんなことを約一時間以上繰り返していれば、目の前には立派な建物が聳え立っていた。

「でか…」

ここが、みんなが通ってた学校…!
受験はここではなく別の会場で行われたため、実際に訪れたのは初めてだ。

兄ちゃんらや姉ちゃんが通った場所。
俺もここに通うんだ…。

「はよ行くえ」
「え!?」

またも感慨にふける暇を与えてはもらえず、中へと入る。

なにこの人、感動ってものはないのか。
校門をくぐるときは決意表明してからって決めてたのに…!
未練が残る校門からはどんどん遠ざかってしまう。

もう、いや。

うなだれているうちに話はポンポン進んでいき、事務の人から部屋の鍵をもらった。
鍵を受け取ってからはそれぞれの部屋へ移動する。
そう、それぞれ!!
坊と子猫さんとは別だ、やったねありがとう!
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