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□つまんないんだもん!
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学校も休みの日曜日。
本を読みながら、ふと気付く。
部屋が、静かだ。
あの陽気な声がしない。
普段ならばうるさいくらいに溢れている音が、一切ない。

日が高く昇っているこの時間帯になっていても、音也が起きてこないことはよくあることだ。
けれど、寝ながらも何かしら喋っているので、私の立てる音だけが響く部屋は不気味なほど静かに思える。

音也と出会うまでは、この無音の世界が私の世界だった。
静かなだけで、何かを感じることのない空間。
そんな世界が当たり前だった。
音もなく色もなく、ただ偽者を演じるだけのつまらない世界だ。
それがどうだ。
この学園に入り、音也と出会ってからは、世界の温かさを思い出した。
世界には、こんなにも音が溢れていることを。
自分で歌を紡げることを。
いつの間にか忘れていた、歌うことの楽しさを。

ただ単に今日は眠りが深いというだけだろうか。
気になるので席を立ち、ベッドの上で丸くなって寝ている音也を揺する。

「音也、もう昼になりますよ」

ピクリともしない。
少々頭にきて、布団を剥ぐ。

「音也、起きなさい」
「んー…さむ…」

布団の剥ぐと、中からは体を丸め抱き枕に抱きついて眠る15歳。
なおも眠ろうとするため、揺すろうと直に触れて、気づく。
体が、熱い。

「音也」
「……ときや?」
「風邪、ですか?」
「わかんない…」

数回瞬きを繰り返し、眠そうに瞳を擦る所作は、寝起きとはいえ少し遅い。

「まったく、貴方という人は…アイドルを目指す者が自己管理を怠るとは何たることです。あれほど真冬の水遊びは程々にしなさいと言ったでしょう」
「うるさいなぁ…もう…あたまにひびくよー…」

ふるふると頭を振って、抱き枕に顔を埋めた。
病人相手に説教を続けようとは思わないので、手に持ったままの布団をかけ直す。
すると、意外そうな表情を浮かべた音也と目があった。

「…なんですか」
「もっと怒られるかなぁって、思ってたから…」
「病人相手にそこまで怒りませんよ」
「そっかぁ…えへへ」

私の答えを聞いて嬉しそうに笑う音也。
何が嬉しい。
とりあえず、ゆるんだ笑顔が可愛いと思ったことは内緒だ。

「ねぇねぇときや」
「喋らず大人しく寝ていなさい」
「それじゃあつまんないよー…」

布団で顔の下半分を隠し、こちらを窺っていた。
どうやら、やることがなくつまらないようだ。
つまらないもなにも…。

「病人は大人しくしていなさい」
「えー…あ!じゃあさ」

仄かに赤い顔で嬉しそうに、得意気に、いたずらが成功した子供のように笑う。

「大人しくするからさ、一緒に寝よ!」
「とうとう頭が沸きましたか」

だからその期待に満ちたキラキラとした子犬のような目で私を見ないでください。
これでは私が悪いみたいじゃないですか。
第一、一緒に寝るなんて…私に風邪をうつす気ですか。

「ひどいよ、ときや!」
「知りませんよ」
「あったかくして寝るといいんでしょ?だから一緒にね―――」
「ダメです」
「ときやぁ…」

熱のせいで上気した頬。
うっすらと汗の滲む、ほどよく焼けた肌。
無邪気の色を湛えた瞳には、涙が滲んでいる。
甘えた声で私の名前を呼ばないでください。
色々と危ない。

「…………はぁ」

私はつくづく音也―――恋人には甘いらしい。

「冷却シートを持ってくるので待っていてください」
「………」
「飲み物も持ってきますから、そうしたら寝なさい」
「…………はぁい」
「一緒に寝てさしあげますから」
「!」

驚きに見開かれていた瞳は、段々と嬉しさが目立ち、天使のような笑顔で頷いた。

「うん!待ってるから、早く寝よう!」

本当に心の底から嬉しそうに笑う音也を見て、たまには甘やかしてやるのもいいだろうと言い訳をして薬箱を開いた。

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