他版権

□二人で過ごした日々
1ページ/3ページ

目の前でさらさらと風に靡く金糸。
その持ち主があまりにも幸せそうな顔をしていたから、思わずというか故意に、無駄に整っている顔を遠慮なく殴る。

とはいっても、抱き締められているせいで入りが浅い。
悔しさのせいでついつい蹴ってしまった。
こういうとき、さつきならてへペロ☆とでも言うんだろうか。
………ダメだ、俺が言ったら犯罪だ。

「まさかのグーからの蹴り!?」
「これに懲りたら放せ」

ぶたれた箇所を片手で庇うように押さえながらの抗議は、親にもぶたれたことがないのに!!とでも言いたげだ。
ショックを受けているらしい黄瀬に止めとばかりに言葉で突き放すが、逆効果だったようだ。

「イヤッス!!」

そう叫んだかと思えばぎゅうぅ、とさっきより力強く抱き締められる。
離れまいとばかりにひっついてくる大きな犬。
引き剥がそうと力を入れても必死なのか離せない。

言うことが聞けない駄犬には、どうやらお仕置きが必要らしい。
思ったならば、即実行だ。
グリグリと肩に押し付けられる頭を、できるだけ優しく撫でる。

「青峰っち…!」

ぱぁぁと嬉しそうに顔をあげる黄瀬に、内心でうわひっかかったと馬鹿にしながら全力で頭突きをかましてやった。
内耳共鳴で聞こえた鈍い音に段々と増す傷み。

あ、やべ。
これ俺も痛い。

選択を間違えたと後悔しているとふげっ、と謎の声をあげながら黄瀬が倒れる。
だが、目的が達成された今とりあえず放置。

こんな変態よりも自分の頭が大事だ。

頭に走る鈍い痛みに耐えながら、冷やすものを取りに行く。

カバンを漁るも、アイシング用の氷は疾うに融けてしまっていた。
ならば、と持ってきてあった荷物の中からハンドタオルを取り出して、近くの水場―――公園内にある手洗い場へ向かう。

蛇口を捻れば、勢いよく流れ出る水。
それに触れてみれば思ったよりも冷たくて、火照った体を冷やすにはちょうどよかった。

暫くその心地好さを満喫してから当初の目的を思い出す。
頭を冷やすために濡れタオル作りに来たんだったか。

ズボンのポケットに突っ込まれていたタオルを取り出し、流水に曝す。
十分に水を含んで色が濃くなったタオルを絞らずに、そのまま元の場所へと戻る。

黄瀬は、俺がその場を離れたときとまったく変わらない形で地に伏せていた。
呆れるを通り越して恐怖を感じた。
犬の執念は恐ろしい。
きっと、俺が声をかけるまでこのままでいるつもりだろう。
黄瀬としてはそのつもりで倒れていたのに俺が離れていくものだから、相手にされなかった悲しみで目にうっすらと涙が滲んでいるのだろうか。

まったくもって迷惑な話だ。

それにしても…この様を撮ってファンに見せたらどんな反応をするんだろうか。
人気モデルが地べたに泣きそうな顔で這いつくばってるとか、どんなだよ。
それともあれか、大地の意志みたいなやつと交信中か。
なに、お前の中の中学二年生が暴れちゃってるわけ?

知り合いと思われたくないが、しかたない。
このまま放置しておくとバスケができない。
それは困る。

溜め息を一つついてから、返事がないまるで屍のような黄瀬の顔の真上で、未だに水が滴るタオルを絞る。
びちゃびちゃと、絞られた水が顔へと直撃した。

「ふがっ…!ちょっ、青峰っちってば!!鼻!!鼻に入ったっス!」
「うわっ、変な顔!」
「青峰っちがやったんでしょ!?酷いっスよぉ、もー…」

勢いよく上体を起こした黄瀬はこちらに助けを求めるように手を伸ばすが、虚しく空をきるだけだった。
助けなどあるはずないと諦めたように立ち上がると、ぶつぶつと文句を言いながらふるふると頭を左右に振る様はまさに犬そのもの。

いや、犬はかわいいがコイツはウザイだけだな。

一人納得していると、あらかた水分を飛ばし終えたのか今度はこちらをじとーっと見ていた。

「んだよ」
「青峰っち、俺は怒ったっス」

不機嫌そうに宣言する黄瀬。
そして、モデルをするに申し分ない長い腕で示すのはバスケのゴール。
患部にタオルを当てながら、どこか他人事のようにそれを眺める。

「この怒りのパワーで今度こそ勝つっスよ!!」
「こないだもおんなじこと言ってぼろっぼろに負けただろうが」
「うっ……きょ、今日こそ!今度こそ!勝ってみせるっスよ!!」

びっ、とキメポーズを決める馬鹿に内心笑いながら足下に転がっているボールを拾う。

「やってやんよ」

まぁ、どうせ俺が勝つんだけど?
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ