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□常闇にくるまれ、夢語り
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あどけなさを残す少年は、かつて小さな夢を持っていた。
誰もが抱き、その矛盾に諦める小さな夢を。
“正義の味方”
それがあの日死ぬしかなかった少年の唯一の希望がつまった、夢だった。










深夜二時。
全てのものが眠りにつく空白の時間に、衛宮切嗣は目を覚ました。

静寂に包まれた寝室に、激しく脈打つ心臓がひどく煩わしい。
だが、その音のお陰で生きているのだと、あの悪夢は過去のことであると実感することができた。


忙しなく上下する肩を抱きながら隣を見た。
すると、僥倖ともいおうか、普段なら隣で寝ているはずの彼はいなかった。

ほ、と息をつく。
こんな弱りきった己など見られたくもない。

人の不幸は蜜の味を地でいくくせに、彼はこと切嗣に関してだけは幸せを願っている節がある。
幸せを願っているといっても、普段は嫌がる顔を好む。
そのくせ本気で参っているときは必ずと言っていいほどそばにいるのだ。

親を見失った子供のように不安げに眉根を寄せ、本人は気付いていないだろうが泣きたそうな、怯えたような表情をするのだ。
だからこそ、彼には弱った姿を見せたくない。
切嗣が弱っているというのに、彼のほうが辛そうで悲しそうで。
そんな顔を見るのが、辛かった。

けれど思っているように事が運ばぬのが世の常であって、かちゃりと扉が開く音が響く。
無機質なその音は静寂に呑まれ消えていくが、闇に慣れた瞳はその先にいる人物を捉えていた。

「き…れい…」
「?なんだ、切嗣まだ起きて…」

思っていたよりも弱々しい声が空気を震わせた。
しまったと思ったがもう遅い。
彼―――言峰綺礼は無言のまま扉を閉め、寝台へと近寄ってきた。
近づけばより子細にその表情を読み取ることができた。

(なんで…なんで君が悲しむかなぁ…)

軋むスプリングの音を鳴らしながら綺礼が寝台に登ってきた。
そして切嗣の存在を確かめるかのように腕の中へ閉じ込める。

「なにが、あった」

耳元で静かに問われた言葉は、微かに震えていた。

「何もないよ…なんて、言ってもダメだよね」

笑おうとして失敗する。
乾いた声だけがもれて、切嗣は双眸を閉じた。
所在なさげにシーツを握りしめていた諸手を綺礼の背へ回す。

「夢をね、見たんだ…昔の夢を」
「夢?」
「うん…聞いてくれるかい?」

こくりと頷いたのを確かめてから切嗣は静かに語りだした。
「昔、絶海の孤島に小さな少年がいた。その子はさ、自慢の父親とその助手と平凡だけど幸せに暮らしてたんだ。
だけどある日、助手が父親の試薬を服用してしまい、地獄は始まった。
死徒は知ってるね?その薬は人を死徒へと変えるものだったんだ、島の人間は死徒へと変わり、教会と時計塔の連中に蹂躙された。でもね、皮肉なことに原因である父親と少年はその魔手を逃れていた。たまたま、第三者の介入で無事だったんだ。
少年はその原因を作った父親が許せなくて、自ら撃ち殺した。少年は初めて人を殺した。自分の父親をね」
「あぁ…」
「そのとき少年は気付くんだ。自分には人殺しの才があることに。もっと早くに気付いていられたら島の人間は死ななかったかもしれない、僕があのとき彼女の心臓を抉っていたら…!みんな生きていたかもしれないのに!!」
短い嗚咽と共に激化する吐露の声。
綺礼はどうしたらよいか分からずにそんな切嗣の頭を撫でる。

「それだけじゃない!ナタリアだって生き延びる方法があったかもしれないのに、その可能性が万が一にも残らないよう確実に殺す方法を僕は模索して実行した!僕が、僕がいなかったら、みんな生きていたかもしれないのに!!僕は救うといっておきながら誰も救えてなんかいなかった!
それなら、それなら生まれなければよかっ―――んっ」

今なお自虐の言葉を発し続ける口を、綺礼はふさぐ。
聞きたくなかった。
誰よりも優しく生きた切嗣が、自分を責める言葉など、聞きたくなかった。

「切嗣」
「…………」
「生まれなければ、いなかったらなどと言わないでくれ。
お前は確かに人を殺したのだろう。殺しつくしたのだろう。誰かを救うために誰かを犠牲にして。そう、救ってきたのだ、お前は誰かを救ってきたのだ。
その中には確かに犠牲もあっただろう、悲しみだってあっただろう。だがな、誰も救えなかったというのは間違いだ」

そこで一度言葉を切り、体を離して互いの顔を見つめあう。
互いが互いに泣きそうな顔で、答えを探してさ迷う幼子だ。

「私はお前に救われた。人並みの幸福を感じ得なかった私に愛することを教えてくれた。
それでどれだけ私が救われたことか」
「………僕が…君を?」
「そうだ」
「………………君を救ったの?」
「そうだ、お前が救ったのだ」

頬を伝う滴を拭ってやれば、綺礼より小さな体が飛び込んでくる。
頼りないほどに細い体を受け止めた。

「そっか……僕は、救えたんだ」

安心したように笑う雰囲気を感じながら、綺礼も安心したのかそっとその体を寝台に横たえる。

「もう寝ろ、夜も遅い」
「…………一緒に、寝てくれないかい?」
「そうだな」

離れたくないとばかりにすりよってくる切嗣を抱き締めながら、二人して眠りについた。

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