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□君に贈る愛の証
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「神宮寺」

静かに響く声。
神宮寺レンは、声の主を見つめ考える。
今日はバレンタインデー。
世の女性が一生懸命自らの想いを伝える日。
そして、レンの誕生日でもある。

しかし、誕生日だからといって何か特別な思い入れなどなかった。
誕生日パーティーなるものを、幼い頃に数回開いてもらった記憶はある。
けれど、形式に乗っ取った堅苦しいだけのそれは、グループの権力誇示のようなもので、趣旨は生誕を祝うことではなかった。

そんなものが思い出として残っているわけもなく、月日は過ぎた。
取り巻きの女の子たちは毎年のように神宮寺レンを祝ってくれた。
だが、その中にレン個人を祝ってくれた人物など、恐らくいない。

それが当たり前だった。
不思議にも思わなかった。

だから今、不思議でたまらない。
目の前の人物が笑って言ってくれた言葉が。
よりによって、日付が変わったのと同時に、だ。

普段は早く寝てしまう聖川真人がこんな時間まで起きていること自体が珍しかった。
それが、こんなことのためであったことには驚いた。

「は?」
「なんだ、自分の誕生日すら覚えていないのか」
「いや、覚えてるよ」

世間にとってそれなりに大きなイベント事と同じ日。
忘れようにも忘れない。

「ならば別段変わったことでもあるまい」
「そう、なのか…」
「?あぁ」

さも当たり前のように頷き、懐から小さな箱を取り出した。

「開けてみろ」
「いいの?」
「寧ろ、お前のために選んだのだから開けてもらわねば困る」

差し出された箱を受け取り、掌に乗せる。
ちょこんと納まる箱にかけられたリボンを解き、開く。

「これ……」
「気に入ったか?」

中に入っていたのは、シルバーのリング。
細かな装飾の施されたリングの中央に小さな、けれど確かな存在感を持つ宝玉が埋め込まれていた。

「ピンクオパールか?」
「2月14日の誕生石らしい」
「へぇ…」

レンが眺めていると、真人が箱から指輪を抜き取る。
レンの手を取り、そのまま左の薬指へ。

「ちょっ」
「なんだ」
「……ムードも何もないね」
「気にするな」
「……」

ムードは大切だと思う。
しかし、ここまできっぱりと言われてしまえば、望むことが馬鹿らしくも思えた。
そして思う。
ムードを気にする真人は、それはそれで気持ちが悪い。

「普段からつける必要はないが、肌身離さず持っておけ。チェーンもある」

言われて見れば、確かに箱の中にはチェーンも入っていた。
やはりこちらにもリングと同じ装飾が施されていた。
繊細な曲線を描くそれに、つけてもらったばかりのリングを通す。

「サイズとか、ぴったりなんだけど」
「当たり前だ。それぐらい分かるに決まっているだろう」

普通は分かりませんなどというツッコミも、恐らく意に介さないのだろう。
喉まで出かかってやめた。
何より、自身のことを知ってくれていることが、レンとしての個を見てくれていることが嬉しかった。

「なぁ、聖川」
「どうした」

淡く光を反射するリングが、目の前にいる彼が、これが現実であると告げる。
どこかくすぐったくて、暖かい。
人は、これを幸せというのだろうか。

「誕生日って、いいもんなんだな…」
「何を今更」
「今更なのかね」

今まで気づけなかっただけ。
気づけない幸せはないのと同じ。
幸せか不幸かは、表裏一体。
気づいているかいないかの違いだけだった。
きっと、いつでも世界は幸せに満ちていたのだろう。

「ありがとう、真人」
「らしくないな」
「いいんだよ」

二人で笑いあって、二人でキスをした。

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