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□こっち向いて、アリババくん!
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紙同士が擦れあう小さな音が、静かな部屋に響く。
椅子に腰掛け、熱心に文字を追いかける双眸。
柔らかな陽が射し込む部屋で、金糸の髪を風に遊ばせ読書に耽る様は一枚の絵のようでもある。

だが、それをおもしろく思わない者が一人。
金糸の髪の少年―――アリババの背後にある彼の寝台に寝転がり、その姿を見つめていた。
アリババの剣の師、シャルルカンである。
つい先刻、部屋の主に無断で押し入りはしたものの、何もせずにいる。
否、できずにいた。

憶測であるが、確信をもって言える。
アリババは、シャルルカンの存在に気づいていない。
そうでなければ、敬愛する師への挨拶がないのはおかしい。
シャルルカンとて、気づいてもらおうと思い、色々と行動を起こしてはみたのだ。

例えば、剣舞。
剣舞をするには少々狭いが、練習前に必ずアリババに見せる舞を舞ったのだ。
常ならばかっこいいと言ってくれるのだが、やはり気づいていないらしく、なんのコメントもなかった。

例えば、入っとくるところからのやり直し。
一度静かに部屋から出て、然も今やって来たばかりという雰囲気を醸し出して、扉を勢い良く開けてみた。
そもそもこの宮殿の扉は、幼いシャルルカンがあまりにも勢い良く扉を開けるため、政務官により音のならない工夫が成されていたため無駄だった。

他にも、大きな音を鳴らしてみたり、寝台の上で飛び跳ねてみたりと、シャルルカンは思い付くかぎり行動を起こした。
それら全ての行動は、かつてシャルルカンが政務官にうるさいと怒られたものであることを、はたして彼は覚えているのだろうか。
覚えていたとしても、今はそんなことは関係ない。
アリババの意識を本から逸らすことが目的なのだ。
そのためにやれることは全てした。
だがしかし、ここまでしたのに師の存在に気づかないだなんて!
師である以前に恋人なのだが、今は置いておこ
う。

アリババは、シャルルカンを見つけると、その度に嬉しそうに目を輝かせて名を呼ぶ。
蜜色の双眸がキラキラと憧憬に溢れて師を写す。
シャルルカンはそんな弟子を誇らしくも可愛いと思っており、慕ってくれることを嬉しいと思っていた。

けれどどうだ。
常ならば師に向けられる瞳はどこを見ている?
シャルルカンではなく、ただの文字の羅列だ。
好奇心で輝く瞳の中には、シャルルカンの姿は映っていなかった。

シャルルカン自身は、あまり本を読むことをしない。
役に立たない知識を身につけるより、実戦で役立つ技術を身につける。
部屋に籠り文字を追うより、外へと出て光を反射する刃を追う。
シャルルカンにとっては戦場こそが教典であり、闘争こそが師であった。
だからこそ、読書の楽しみを解することはない。

本を読むという行為を否定する気もさらさらないが、やはり分かりかねるのだ。
分からないからつまらない。
つまらないから分からない。
この場合に限り、つまらないという理由は読書の好き嫌い云々ではない。
現状ではまずなにより、おもしろくなかった。
師より、恋人より優先される存在が、妬ましい。
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