企画部屋
□千早様へ
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どたばたと廊下を走る音が居間に響く。
その不幸の前触れとも言うべき足音は段々と近づいてくるようで、寝転がって本を読んでいた廉造は次に起こりうる事態を予期して身構える。
ガラァ!!と、襖を開くにはおおよそ似つかわしくない音がした。
開いた襖の先には、目を輝かせた兄―――金造が立っている。
「れんぞー!!買いもん行くえ!!」
廉造は予期していた事態が起こらずにほっとしていると、嬉々とした声が告げる。
「買いもん…?」
「せや!!」
拳がくるわけでもなく、蹴りが飛んでくるわけでもなく驚いた。
喜色をたたえた顔は買いものに弟と行けることを信じて疑わない。
これで断ろうものならば痛い目にあうに決まっている。
せっかく飛び蹴りも何もなかったのに、ここで選択を間違えれば元の木阿弥だ。
でも、行くのも痛いのも嫌だ。
ならばと廉造が選んだのは肉体的苦痛を避ける道だった。
つまりは、渋々ながら同行することに決めたのである。
つい先日車の免許を取ったらしい金造の運転で、中心地にある大型ショッピングセンターへ向かう。
車ならば三十分とかからない道程である。
その道すがら、金造の音楽が流れる車内で世間話をしていた。
「なに買うん?ちゅーか、金持っとらんのやなかった?」
助手席で妙に上機嫌な金造を眺めながら廉造は小さな疑問を口にした。
昨日まで金がないと騒いでいた金造だ、まさか弟にたかる気ではあるまいか、と。
「初任給やで」
「?」
「祓魔師の仕事で初めて給料もろうてん」
なるほど、と納得し上機嫌である理由に笑った。
給料は初任給であるから次兄よりは少なくとも、高校生の小遣いよりは格段に多いはずだ。
それが嬉しいのだろう。
給料を何割か家に入れれば、残り全ては自由にしていいらしい。
あの親もなんだかんだで子には甘いとこれがあるから。
そんな話をしていれば、目的地にはすぐについた。
休日ということもあって普段より混んではいたが、運良く空きスペースを見つけ、すぐに駐車することができた。
「どこ見るん?」
「…………」
入り口付近にある案内図を眺めながら問いかける。
だが、その問に答えず、目を逸らす金造。
廉造の頭に一つの考えが過る。
「なんも考えとらんやろ」
「…………………」
「欲しいもんないん?」
「ない!………思いきり散財してみたかったんや…」
ぼそりと呟かれた言葉に金造らしいとは思いながらも、そんな願望のために休日が潰れたのだと思うとなんだか虚しくなった。
「せやったら、CD見たいんやけど…えぇ?」
ならば、とかねてより欲しかったものがある廉造の見たい場所へと向かうことになった。
快諾されたことにひとまず安心しそこへ向かう。
なぜかそわそわする金造を不思議に思いながらも、目的地へと進んでいく。
「なに買うん?」
「好きなバンドが新曲出してん」
「そうなん?」
「あ、あった」
店についてからも二人で新曲のコーナーを見て回り、ようやくお目当ての品を見つけ出した。
「それ?」
「おん、ほな買ってくるわ」
「ちょお待ちぃ」
レジに向かって歩き出す廉造の服を掴み、その歩みを阻止する。
そして、廉造が手にもつCDをひょいと奪いとる。
「え、ちょ、金兄?」
「せっかくや、買ってやる」
呆然となる廉造をその場に残して金造はさっさと会計を済ませてしまう。
ゆっくりと戻ってきた金造がCDの入った袋を廉造へと手渡す。
「金造様が初任給で初めて買ったプレゼントやさかいに大切にしぃや!」
どや、とばかりに腰に手をあて威張る姿は少なからずウザい。
けれどそこに不快感はなく、あるのは一応の感謝だ。
「お、おおきに…」
「おん」
満足げに笑う金造に、確かに兄を見た。
そんな金造へ、廉造はもう一度心の中できちんと礼を述べる。
面と向かってでは言えないようなこっぱずかしい感謝の気持ちを。
(柔兄は何がえぇかな…)
(寝袋とか?)
(おぉ!えぇなぁ、寝袋!!)