JOGIO

□プリズム
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通り雨、もしくは天気雨と呼ばれる雨が霧のように舞い上がった蒼天。艶のあるレインコートに粉の様な雨粒が張り付いた。ブラックモアは太陽の陽射しを見上げ、眩しそうに目を細める。遠近の差でアーチ状の虹が異空間への扉となって見えた。一歩、踏み出すがブラックモアの長いコンパス分、虹は遠ざかる。ハラハラと顔を濡らす霧の雨が鬱陶しかった。
「何してるのよ、木偶の坊」
「あ、エマさぁん」
振り返ると、強い意思が灯る瞳が睨み付けている。また怒らせてしまった。エマは大統領に物怖じせず意見を述べる、それは信頼と実力が有るからこそ大統領も咎めないのだ。彼の部下兼、護衛としてブラックモアとエマが側近として付いているのだが、彼女はブラックモアに常々、不満を抱えているらしい。らしいと憶測するのも可笑しな程に彼女は露骨なのだ。
「スイませェん」

次第に強くなる雨粒は、ハタハタとレインコートを打ち付けてきた。ブラックモアは傘を拡げエマに差し出す。
「いいわよ、」
あから様に傘を押し退ける彼女は、既にしっとり髪を濡らしていた。斜めに傾いた傘を見つめ、ブラックモアは垂れ気味の眉を更に垂らした。
なんて情けないのか、愛おしいと慕う女性に拒絶される事とは。そもそもエマに恋い焦がれ、ふとした瞬間すら想い浮かべている行為こそブラックモアを闇に閉じ込める。打ち明けてはいけない心、拒絶の先を受け入れるなんて出来ないのだった。
「でも濡れちゃいますよ、」
「濡れてるの…役立たず」
「スイませ――」
エマは最後まで聞かず、水溜まりをバシャッと踏んで踵を返した。

「…馬鹿も大概にしなさいよ!」
「嫌です」

ブラックモアはエマの背後から雨を遮る。今度は彼女に押し退けられない様、高く掲げた。呆れた溜息はブラックモアの胸を締め付け、熱気に噎せ返る
。無意識だった…傘から右半身がはみ出たエマを庇う体勢で触れた、指。
「ブラックモア」
もう降ってない、と言われ気付く。空は青青と晴れ渡り、雨の余韻に揺らいでいる。エマは拒絶の先を紡ぐのか。それすら言ってくれないのか。ブラックモアの漆黒の瞳が小刻みに震えた。
「そうですね、スイませェん、エマさん」
耐えきれず、受け身に謝る。常の口癖と違い、心から彼女への謝罪だった。
「でも一つだけ、君はまだ濡れている」

漆黒の瞳は光を何重にも屈折を繰り返すプリズム。

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