JOGIO

□ブラウン
1ページ/1ページ


昼間にしては気温が高く、湿度に張り付く霧の様な空気に吐息した。承太郎は踵を返し、カフェ「ドゥ・マゴ」の前を通り過ぎようとした時、ふと見慣れた人影に足を止めた。手元は文庫本を開いているが、視線は何処か違う場所を見ているようだった。伏せた睫毛は気怠くも、愛らしくカールしている。

「ここ、いいか?」
気が付けばガタリと椅子を引いて訊ねていた。断られても座るつもりだが、きっかけは誰しも必要なのだ。エマは承太郎を見るなり間髪入れずに頷いてくれた。
「お一人ですか?珍しい」
本を閉じ、鞄にしまったエマは無駄のない動きでメニューを俺に渡し、笑った。嫌味のない笑顔だ。
「珍しいか、確かにな」
何時もなら奇妙な関係で結ばれている叔父が引っ付き回り、厄介事に巻き込まれているのを思い出し、苦笑いが漏れた。それを誤魔化す様、承太郎はカフェの店員にメニューを指差しながら注文をした。
「カフェオレですか?」
「……なんだ、珍しいか」
フッと含み笑いでエマを見る承太郎は帽子の鍔を指で持ち上げた。
「無糖しか受け付けないのかと思ってました」
なんて真面目に答えるエマ。それは彼女が空条承太郎に持つイメージであり、事実ではない。もちろん承太郎は先までアイスコーヒーを頼むつもりだった、しかし目の前のエマが飲む淡いブラウンに惹かれてしまったのだから仕様がない。分かっている、好みでないカフェオレを頼んでおいて後悔するなんて事は。

「不思議」
エマは承太郎を見ながら呟いた。やはり視線は俺を見ている様で違う所にいっている様だった。
「…なんだ?」
「承太郎さんて万物の象徴みたいで」
「えらく大袈裟だな、」
何を小難しい事を考えているのかと承太郎は眉間の皺をグッと深くした。先まで開いていた文庫本に影響され言い出したのか。そう思うとエマが読んでいたタイトルがどうも気になり出した。が既に鞄の中に仕舞われ確認が出来ない。聞けば早いのだが、何故か謎解きをしている気分になり少し意地になる。己の知識を絞り、あれやこれやと過去に記憶の糸を垂らした。

「私、好きよ…承太郎さんの唇」
全てを赦してくれそうで、と言ったエマ。承太郎は過去に飛んでいた意識のまま、飲んでいたカフェオレを気管に入れてしまいそうだった。危うく噎せ返りそうになる息を無理やり整える。唇が吸い上げていた液体は、重力によりストローを下りグラスへ戻る。体積なんてのは大して変わらない筈が徐々に増えて、とうとう溢れ出したカフェオレ。そのブラウンが足元に海を造り、地面に吸い込まれ固まる。母なる大地に変貌したカフェオレのブラウン。万物の象徴と言ったエマの言葉が承太郎に錯覚を魅せたのか。

「承太郎さん?」
「ん、ああ…」
あの本のタイトルが気になり今夜は眠れないだろう。己で謎を解くには時間が無さすぎるな、と承太郎は微かに笑った。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ