JOGIO

□忘却
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忘却を見上げろ、余は讃美歌に酔ふ



そっと触れた。
ディエゴは冷たく氷の様な膚へ指を這わせる。一つの命が静かに幕を降ろしたと云うのに、ディエゴの細胞は全身で震えおののく。まるで産まれたばかりの赤子と思わせるエマ。寝息がディエゴの産毛を動かしている錯覚をした。

何故お前は選ばれた、エマ。朽ちることなく、腐乱することのない楽園へ独り向かってしまったのか。

薄ら汚ない窓ガラスから、晴晴と染まる色彩はディエゴの瞼を痙攣させる。壊れぬよう抱き寄せていたエマを床に転がした。四角い箱に捕らわれた室内は噎せ返る澱みに埋もれてディエゴの思考を鈍らせ麻痺させる。まるで麻薬の中だ。

ディエゴは唯一磨かれたステンレスの器の中から果実を取りあげた。房から溢れた一つの粒がディエゴのブーツに当たって止まる。小さな小さな葡萄色をジクジクと掌ですり潰せば豊満なかほりに包まれた。滴る果汁をディエゴはエマの咽喉に優しく塗り付けた。

渇きに飢える赤子よ、どうか泣き止んでくれ。また一粒、また一粒とディエゴはエマを溺れさせるが如く、渇きを潤し続けた。

そして、ふと気付くとディエゴは口ずさんでいた。忘却を虚ろに見上げ、讃美歌に酔ふ自身に。それはエマに向けていたものか、はたまた己に向けたものか?酷く不愉快だった、ディエゴは力に任せて髪を引き千切ると指に絡み付いた己の金糸がハラリと舞う。


忘却を見上げろ、余は讃美歌に酔ふ
汝にこびり付く忌々しい憎悪
それを貪り尽くした時
余は楽園を差し出す…さあ、



嗚呼、メフィストフェレスが嘲笑っている!この世で何よりも恐ろしい甘美な瞬間を意識してしまえば恐怖だけがディエゴに残る。
倦怠から抜け出せないループに陥っているのはこのDioだ!何度繰り返していただろう、非生産的な愚かな行為を。
どうか悲しませないでくれ、俺には君が全てなんだエマ。

そう…
時よ止まれ、お前は美しい


今を!永遠をディエゴに!このDioの[世界]すら叶わぬ残酷さ。その時が悪戯に忘却を向ければ俺は何者と化すのか?腐り果てた荒野を屍だけがさ迷う、

だから…
この瞬間よ、どうか止まってくれ

END――――――――――
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