JOGIO

□盲る
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奇譚曲~盲る
リゾット・ネエロの場合...





果てのない旅を刹那に巡るお前は確かに、息づいている。鼓動がシンクロしているのをお前は感じているだろうか?
肉欲が蠢いて互いを、お前は内側から突き破ろうと、俺は器として滴る一滴の血さえも擦り込もうとしているのを。


「お前はどんな顔をしていた」

思い出せないのが悲しい気さえする。
エマ、お前を見た途端に俺は夢中で貪りついていた。喉が焼ける様な熱すら構わずに、飛び散った赤すら惜しんで、飲み下した。
余りにも呆気ない激情は余韻しか残さなかった。転げている彼女の千切られた膚や抉られた臓器に突き刺さり飛び出す、銀の切っ先が淡い月光に幾ばくかの影を伸ばす。
まるで操り人形の喜劇が如く。

ほう、とリゾットが吐き出した溜息に漂う異臭は再び、形のよい鼻孔から吸い込まれ、彼の一部に還ってゆく。
歪に硬く膨らんだ膚を押し上げる胃。ココでお前は俺へと、俺は更なる俺へと形を変えるのだ。
今尚お前は肉の隙間を血に身を任せながら、隅々まで讃美歌を響かせている。

「愛している。」

嗚呼、エマ!

リゾットは下腹に指を這わせ、確かめる様、撫ぜ廻した。確かにエマを感じる。それが彼女を受け入れたと云うのに俺の海馬はほとほと馬鹿になってしまったらしい。
愛の渇きをダイレクトに白濁をさざ波から大きく飛沫を立てて、疼かせている。重力に逆らい上へ上へ貪欲に突き抜けてきた。
シナプスが彼女を彼女と認識するには時間が足りないのだ。エマと身体を這わせた記憶が鮮明に蘇り、悶え苦しませているのだろう。
頭をもたげた熱が、甘美なる蜜を啜った血脈が、破裂しうるまでに膨張し続ける。
喜びに麻痺した餓えるケダモノ。

「まだ解らないのか、」

クスクスと自問自答を嘲笑う。
リゾットは熱を生地越しに強く、爪で引っ掻いた。背骨をぞぞろに擽る快感。
たとい己を慰めるマスターベーションを満たしたとて、エマを貪ったエクスタシィの微塵も叶わぬ事を、俺は俺自身が何も感じず欲しているなんて!
そして同時に俺は気分が悪い。何故お前は俺を、リゾット・ネエロを拒絶するのだ。せっつく嘔吐感に紛れた粘つく膿が唇の端からあぶれ、伝い落つる。舌の上に張り付く肉片に埋め込まれた細胞すら。


迷うな、叫び枯れろ!
構うな、喚き散らせ!
アンドロギュヌスが踊り狂っているぞ!
内なる渇望に血の雨を全身に浴びろ!

溶け込まれる瞬間に血となり肉となり、絞り尽くされ人成らざるモノになりたくなくば、俺の胃袋を喰い破り、喉を噛み切って這い出て来いエマ。
時間は無限だが、お前に一秒の迷いは破滅を呼び込む。
しかし忘れるな...

「何度でもお前を喰らってやる」



それまで俺はお前の温もりに眠ろう。
何も心配する事はない。お前以上の女は生まれ変わろうが居ないのだから。

リゾットは肉塊が血溜まりが広がる床へ膝を抱えて丸まり、頬を擦り付け、ようやっと瞼を落とし溶けいった濃紺の夜を堪能する。

「愛している。愛している。」

二度と触れられない温もりを抱き込む様、上擦った譫言の様、か細い悲鳴を上げた。

「何度でも...そう何度でも受け入れてみせよう。この愛に触れた偽りない今夜を、俺はきっと、忘れない」

そう、彼は忘れない。
無知を装い道化となり盲る。
穏やかな寝息を立てて眠る。

愛す程に壊す以外の術を知らないまま...

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