JOGIO

□My Funny Valentine
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私の愉快な恋人、ヴァレンタイン

優しくて可笑しな恋人、ヴァレンタイン

貴方は私を心から笑顔にしてくれる...




綺麗にカールした睫毛に朝露が滑り踊っている様な、大分白みはじめた彼方の空がほんの数時間前の熱を私から奪ってゆく。
清々しい迄に澄んだ空気が夢から引き摺り出す。

悲しいのね、
My fanny...今だけは私の貴方。
悲しいのよ、
Valentine...あと少しでそう呼ぶなんて。

見た目はちょっと笑ってしまうわ。
睫毛と同じぐらいカールした毛先が誰よりも綺麗だなんて、やっぱり笑ってしまうわね。

それに写真向きでもないわ。
ジッとしていると貴方は誰よりも不機嫌な表情をしているんだもの、だから写真はどれも白い歯を隠してしまうものね。

でも、My fanny...

貴方はとっても私好みの芸術品なの。見た目はギリシアの彫刻なんかには勝てないけれど。素敵な横顔がキュートで大好きよ?

物思いに耽っている時なんて、口元はだらしなく弛んでいるけれど。酷くセクシーだと思っちゃうのよ?

それに少しは気の利いたお洒落な言葉を私にくれてもいいと思うの。それ以外は望まないのよ?





My Funny Valentine~







エマは俯せに眠る、規則的に盛り上がる背中へ指を触れさせた。指先に引っ掛かる凹凸はダビデ像を生み出したミケランジェロですら、彼の傷跡を見た途端に足を滑らして、派手にひっくり返るだろう。そして感慨に浸って顎を擦るのだ。クスリ、そんな偉人の姿がぼんやりと思い浮かぶ。
枕に埋めた彼の瞼が小さな痙攣を起こす。それでもエマは構わずに背中の窪みを執着に撫ぜる。
起き抜けに見る景色は一番に私であって。呆れたような寝惚け眼を、どうか私だけに。

ゆうたりと拓けた視界は純白をさ迷い、

「...私に悪戯でも企んでいる顔だな」
「あら、起きちゃったの?My fanny」
「君が起こしたんだろう」
「そうかも」

笑っている私を余所に噛み殺した欠伸を一つ。直ぐに触れていた背中をシーツへ隠されてしまった。代わりに冷えきった腕がヒタリと腰に纏わりついて、強く引き寄せられた。じわりと奪われる体温を共有して、馴染んで、溶け合って。

そうね、ごめんなさい。エマの言葉に混じる吐息が男の額を掠めて、静まり返る部屋に漂った。

「エマ、今日の君は、君じゃあないな?」

カサついた唇。剥き出しの膚を通して生命の鼓動を敏感に感じ取っている。貴方は私が、エマの皮を被ったスパイだとでも云いたげに、チロリと視線を上げてきた。

「My fanny...私を忘れたの?」

声色や僅かな変化を探る目元は既に、私の貴方では無くなっている。愛を誓った女性に向けるソレ。母国を導く群れに向けたソレ。先まで複雑怪奇に絡まっていた筈の蜘蛛の巣が如き糸が、容易くたわんで、ほどけた。
呆気ない。

「いや、私をそう呼ぶのは君だけだ」
「もう違うわ、Valentine」
「Valentine...?嗚呼、君は」

この気持ちを表すなら愛の渇望。
いくら掻き抱いていても私は満たされない。呼吸を求め、苦し気に口をパクパクとさせるが音にならない呻きが広がるだけだ。そんな私を救ってくれるのは先までの、My fannyの貴方でしかないわ。
私達の時間は不規則で脆いの。知っているでしょう?太陽を、愛する女性を犠牲にして私達はようやっと成り立つのを。
世界は二人だけで出来てはいない事ぐらい、非情だと目を背けるのは私の役目。一人啜り泣く姿は見せたくないのよ...

「今の君は酷く情緒的で儚げだ」
「それはきっと貴方のせい、Valentine」
「残念だな、Valentineと呼ばれたなら君を愛でる猶予すら与えてくれないのだろう?」
「もう夢から醒める時間よ、」

エマは隙間なく張り付く互いの身体を必死で引き離した。アア...そんな瞳で見詰めないで、分かっているくせに狡い人なんだから。それに貴方は気怠く起き上がり、一度ベッドを抜ければ、ほら、もう私なんかに見向きもしやしないのよ。
朝露が渇いて終幕の訪れ...

悲しいのね、
My fanny...先まで私の貴方だった。
悲しいのよ、
Valentine...無理矢理そう呼ぶなんて。

でもね、お願い....
髪の一本ですら貴方を変えないで欲しいの。簡単な事だと云うかもしれないけれどね、とてもとても難しい事なのよ。ずっと私を想っていてくれるのなら、どうかお願い、何一つも貴方は貴方のままでいて頂戴My fanny。
私は酷く我儘なのかしら?それでも笑って許して欲しいわ、だって全て貴方が愛おしいから。

そしたらきっと毎日が私にとってのValentine Dayに、愛を祝う日になる筈だから。


ねえ?

My Fanny Valentine....
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