Lollipop
□溺死日和
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『あらら、いい眺めだこと』
覗きじゃないよ?不可抗力ね。のらりくらりと海上を自転車で真っ直ぐ砂浜に向かって来たのは、一方的に知っている長身の男だった。明らかなスピードダウンと遠慮を知らない発言。ハンドルに顎を乗せ低くなった視線は、膝を立て座り込んでいる私のスカートを熱心に見つめている。
穏やかな波すら打ち寄せれば岩にぶつかり、弾かれ舞い散るアート。足元の吸い殻は砂に突き刺さり抜け出せない蟻地獄に足掻くだけの無力な自分なのか。救ってくれるのはこの男だというのか…どう見ても砂の上から、もがき助けを求め手を差し出す私を嘲笑い、蹴落とすだろう。
『お兄さん海軍大将ね』
『嬉しいじゃないの。お兄さんなんて』
『確か、3人の1人。キジよね!』
『まぁ、そう。間違っちゃねェーけど、正しくは青キジな』
いつの間にか隣に腰を下ろした青キジは、まさしく壁だ。向こう側が何も見えないじゃないか。砂が付くのも気にせずゴロリと寝そべる男はアイマスクで目元を隠した。
『此処に何か用でもあるの?』
『美人に弱ェんだな、俺』
やっぱりダメだ、この男に助けなんか求められない。いっちょ前に大将なんて肩書を背負っちゃって、強かろうが只の図体ばかりデカイ男だ。
『折角だ、添い寝してくれよ』
『生憎、偽善の正義は嫌いなの』
口が滑った、何て思わないわ。私だって図太い女ですもの。気に障ったのか、ガバッと起き上がり私を見て顔を歪めている、アイマスクが未だに目を覆っているのは、ほんと情けない姿ね。分かりきっていたが、視線が噛み合わない中で沈黙が流れる。
『海は全てを受け入れて来たわ、海軍の所有物じゃない、愚かなエゴイズムに浸りたいのかしら』
『じゃァ、俺はエゴイストか』
『抗ってはダメ。お兄さん自分が一番?』
スルリと引き上げたアイマスクで漸く表情を確認する事が出来た。ギラつく太陽に細めた瞳、持ち上がる口角、温度の感じない渇いた笑みでクスクスと笑っている。
『オジサンを挑発しなさんな』
指先で肩を押されれば、呆気なく、晴れ渡る空が視界に広がる。邪魔をする様に影を作り跨がる男。
『貴方の目、溺れてるのね』
『人間、矛盾するから面白いんでしょ』
ベロリと舐め上げられた首筋から奪われる体温。やっぱり私は堕ちてゆく、昨日までと違うのは、今日は独りじゃない。溺れ知らずの魚か、知識を求めた人類か、飲み込まれるは純粋無垢で渦巻く脅威。
本日も晴天、溺死日和。