Lollipop


□ループループ
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目覚めは悪かった。
覚えていないけど嫌な夢から逃げるように開いた視界は薄暗くて余計に恐怖を募らせる。手繰り寄せ引っ張る蒲団が重く隣を見るとマッチ棒みたいな生物が苦しげに鼾をかいていた。俯せで枕の下に片手を入れてるのはクザン。悪夢を見る時に限って来るなんてタイミングが良すぎじゃないか。でかい図体は足がベッドに収まってなく片足が床に落ちたままでも平気らしい。

『狭い』
『んぁ、おいで』
『…』
『あ?こっちか、エマ』
『寝言に返事したらダメよね。確か』
『えー、起きてるから』

寝ぼけてスタンドに話かけているクザンは海賊並に気まぐれな男だ。私が不在でも勝手に上がり込み適当に出て行ったり、珈琲だけ飲んで帰る日もあれば何泊も居座る時もあった。それが半年近く姿を見せなかった男が急に現れ平然と隣で寝ている。でも恋人でもない男故に嫉妬や独占欲なんてのも前から感じていない。適当で女にだらしないのは性分だと分かっているから何も言わないでいる。

『何か用?』
『身体に力入んないのよ』
『海軍の一大事ね、まさに』
『俺ァ興味ない』
『…はい?』

海兵のくせに何をこの男は。すっ惚けた事を言いながらサイドテーブルに腕を伸ばし煙草を勝手に取り出した。俯せで脱力しているクザンは重くるしい溜息を吐き出しながら首だけを向けてきた。

『すけこまし…』
『それ自分の事?可笑しい』
『先週エマに引っ付いてた―』
『あぁ…彼ね、いい人よ』
『やな女』

口に挟んでいた煙草が私の顔を的にして飛んできた。既に火種は消えていたが危ない事をされ睨み付けるもクザンの据わった目に視線を逸らしてしまった。

『俺は使い捨てのボロ雑巾か』
『私の台詞だと思う』
『何時からこんな関係?俺達』
『覚えてないわ』

思い出せないほど前からなのか、始まりすら曖昧だったのかも分からない関係。甘いカフェオレが欲しくなった、考え事している時は必ず飲みたくなる私はベッドから滑り出た。

『ぼちぼち2年よ』
『えッ!そう…なの?』
『えらく素っ気ない反応だな』
『クザンが覚えてるなんて』
『だからエマ、落ち着こうや』


落ち着くなんてクザンに言われたらお終いよ。これまで一度も女性と真面目に向き合ってこなかった男のくせに。調子いいんだから本当、溜息しか出ないじゃない。

『浮気癖が治ったらね』
『モテない男でもいいのか?』
『クザンは心配ないでしょ』
『あぁ、心配するこたぁねェ』
『決裂よ馬鹿』

呆れた男を放置してキッチンに身体を向けると太股に絡み付いてきた。驚いてバランスを崩した私をベッドに投げ落としてヘラヘラ笑うクザン。脇腹を甘噛みしながら吸い付くのを繰り返している。

『どこ行くの』
『クザンも珈琲飲む?』
『いらないから側にいて』



こんな関係になった年月すら覚えてない私が分かっていたのは一つだけ。決して目に見える跡を残さなかったクザンが一番目立つ首筋に薔薇の蕾を刻んだ。きっと私は待ち望んでいたのかもしれない、息も苦しいほどに熱を放っている刻まれた一枚の花びらにクザンの全てを感じたから。


『これでエマは俺の』

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