Lollipop


□曖昧ホットミルク
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特大のベッドに特大の男が見当たらない、カーテンの隙間から入り込む陽射しが眩しくて細まる瞼が小さく痙攣を繰り返した。確か今日は家にいる筈のクザンは一体どこに居るのか。サイドテーブル上の箱はまだAM07:26を示している時間だ、半身を起こしベッドから抜けようとした時リビングから物音がした。きっと彼だろう…

『おはよ。早いのね』
『なぁエマ、ミルク温めて』
『ホットミルク?』
『いつもエマが飲んでる』

珍しい事を言うものだ普段ホットミルクなんて欲しがらない人が飲みたいだなんて。とりあえずキッチンで用意をしていると手が止まってしまった、シナモンは入れていいのか迷うが私と同じやつを希望しているのなら大丈夫だろう。鍋を火にかけミルクを温め始めた時リビングでクザンの呻き声がして慌てて見るとテーブルに頭を突っ伏しぴくりとも動かない、まさかとは思うが息をしている感じがない。

『ねぇクザン!大丈夫?』

肩を揺らすと溜息を吐いたクザンに安心したが、傍らでシナモンパウダーの瓶を握りしめている私は意外と間抜けに見えた。ゆっくり顔を上げたクザンの額はテーブルに押し当てた跡で赤くなっている。

『嫌な夢だった』
『昨日の?』
『取られたんだわ…腹立つよなぁ』
『何を取られたの』
『エマのホットミルク、貰おうとしたら誰かに取られたのよ』

だから目覚め悪りィ、と再び頭をテーブルに垂らしキスしている。これが理由で言い出したのだと分かり身体を鍋に戻した。今日はシナモンの代わりに蜂蜜にしよう。

『お待たせしました』
『ありがと』

だらりとした体勢でカップを引き寄せるが口を付けないままクザンは寝息を立てはじめた。取られる事のない現実で満足したように。伏せられた睫毛が綺麗な扇を広げ、眉間に刻まれている皺が大人しくなっている。クザンの寝顔は滅多に見れない為このチャンスを存分に楽しもうと思った。

『そんな顔するのね』
『…エマが』
『あら?起きてたの』
『こんな顔させるんじゃない』

ふと漏らしていた言葉に返事をされ驚く。未だ寝たふりを続ける彼が柔らかく微笑めばドクリと打ち付ける私の心臓音がクザンに聞こえてしまう程その表情に見惚れた。きっと私は真っ赤な顔をしている、そしてクザンに見られてしまっている。でも逸らせないのは何故なのか…

『メロメロなのよ』
『…なにそれ』
『あららら、エマ調子外れ』
『いつもと一緒よ』

強がっていないとクザンのペースに巻き込まれてしまう。落ち着こうと煙草に火をつけて吸い込むとクザンはホットミルクを含み喉をコクンと動かした後、目を丸くして私を見てきた。

『エマのと違う』
『蜂蜜にしたからよ』
『ふぅん。』
『お気に召さないかしら?』
『俺を見くびって』
『まさか』
『でも許してあげるエマなら』
『甘やかすのね』

仕方ないだろ。夢で取られたエマのホットミルクは思い出すだけで不愉快だが、こうして俺の為に用意してくれた安心感と独占欲が蜂蜜に溶け合って飛び切り美味しかったのだから。

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