Lollipop


□BAMBINO
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夜になると窓を開け放ち床に座り込んでバーボンを呑むのが好きだったりする私。雑音が混じるブルースは刺々しく過ぎる日常を笑い飛ばし、皮肉を乗せて和らげてくれる。形に囚われずメロディを自由に用いるブルーノートは今も昔もなくてはならない財産の一つだろう。
短くなったタバコを灰皿に押し付けると玄関の扉がノックされた。時刻はPM22:02の出来事にありったけの警戒心が沸き上がった。幸い部屋は月明かりのみの薄暗い空間の為、静かにしていれば立ち去ってくれると自分を落ち着かせた。

「エマいる?俺だけど」

控え目ながら主張する相手はクザンの声だった。
時間帯を気にせず女の部屋に来るなんて無神経だが、この男なら誰も咎めないだろう。仕方なくロックを外して扉を開けば手首に紙袋を引っ掛けてポケットに手を突っ込んでいる。

「どうしたの?こんな時間に」
「酒のお裾分け、付き合ってやるよ」

遠回しにクザンは独り酒が寂しいと言いながら部屋に上がってきた。横を通り抜けた瞬間に潮の香と共に彼のコロンが混じり合い広がってくる。微かにタバコの苦味も追いかけた。

「相変わらず渋いの聴くねェ、これブルースでしょ?」

「奥に染み渡るの」

「バーボンだし…メーター振り切るな」

磨きあげたグラスを差し出せば始めに私と同じバーボンを注いだ。そんな些細な気遣いがクザンを皆は評価する。鼻に寄せて、いい酒だと呟き上がる口元が様になりすぎて男の色気を振り撒いていた。体内のアルコールが程好く刺激されるのを感じる。

「いい趣味してるよエマ」

「未来より過去に惹かれるみたい」

「過去に?そりゃまた何で?」

「私の知らない過去の文化や流れは未来を見るより刺激的なのよ」


エマの言う刺激とは徐々に変わりゆく未来より全く違う時代の色を持つ過去なのだろう。それこそが貴重で新しいと思えるエマの価値観は彼女自身の魅力であり人を惹き付けるのか。そう思うと聴き慣れない音楽の制約も度数の高い酒もまた違った角度から受け入れられる。

「生きるてのは、本気と冗談のギリギリなんだな」
「自分自身を騙し合ってるのよ…他人すらね」

無意識に出たエマの言葉を聞いたクザンはヨレたケースからタバコを取り出し口に挟んだ。火を移すでもなく上下に揺らすだけを繰り返していて、眉間の皺は彼の表情を引き立てている。
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