海軍・海賊


□重ねた憎しみ
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鼻腔を擽る麻薬に近付いた。それが安っぽく塗り固めた醜い姿だと分かっていた。それでも構わなかった。ドフラミンゴは望んでいたのだ、チープで大量生産と化した女を。乱暴に扱っても殺しても替えは無限に溢れているのを知っているから。

さっきまで絡み合った熱は汗が伝う皮膚から毒素と一緒に排出されてゆくのが分かる。隣で俯せになり煙草を吸い込む女の表情は伺えない。ぼんやり窓に映る街の夜景を眺めている。気に入らなかった、チープな人形のくせにドフラミンゴをベッドの付属品が如く接している事に。ギシリと耳障りなスプリングが鳴り身体を女に向けるが一考に認めない。伸ばした指が湿った髪に絡まり強く引き寄せる。首がのけ反りドフラミンゴの胸に背中を打ち付けた。

「名無しさん、テメェ殺すぞ」
「ごめんなさい。これ吸ったら帰るわ」

指に挟まるタイムリミットは残りが8割を示していた。静寂に包まれる空間に吐き気が込み上げる。剥き出しの肩に爪を立てれば漸く名無しさんの小さな呻きが漏れた。爪の先を染める有害物質は女の物か注入された物か区別がつかない。ゾクリと下腹部を波打つ奇っ怪な白濁を感じながら傷口に舌を押し付けた。甘い甘い苦みが広がる。

「気に入らねェ…その目は何を映す」
「私の指先かしら」
「俺を見ろ、名無しさん」

フィルターを焦がす程に短くなった煙草を名無しさんの掌ごと握る。見開いた双眸に寄せたドフラミンゴの顔が濁る光の中で霞んでいた。この女は決して何も映さない、視線が混じっていると勘違いする程に虚ろなまま。肌が張り付き互いの体臭が曖昧に漂うだけだった。

「吸ったから帰るわね」
「フッフッ!俺を見るまで帰さねェよ」
「見てるじゃない…貴方を」

ごまかしているのか本気で言っているのか名無しさんの言葉からは読み取れない。ドフラミンゴは皺が重なり合うシーツに彼女を押さえ付け跨がる。見下ろす名無しさんを何故か直視できず視界を塞いだ。研ぎ澄まされた聴覚を刺激する女のか細い呼吸に酷く安堵した自分に口角が吊り上がる。必死になって名無しさんの瞳に己を刻み付けようとしていたのが馬鹿馬鹿しくなった。

「見るな、薄汚ない人形の分際で」
「可笑しな人。始めから見てないわ」
「お前も結局は同じだな名無しさん」
「貴方もね」

二度と逢う事はないだろう。いや望まないだろう。破壊とは創り上げるより簡単な作業なのだ。生きる事になんの価値もない女をあえて時代の真ん中に投げ戻そうと思った。自ら手を汚す煩わしさは心底うんざりする、勝手に身を滅ぼし肉体は還ることなく朽ち果てるだろう。誰にも気付かれず混濁した世界すら映さない抜け殻のように。俺は名無しさんの惨めで気味が悪い姿を愉快に眺めるのだ。


「さっさと帰れ」


それは味気ない蜜だった。
名無しさんが部屋を出て漸く視界を開いた。途端にドフラミンゴを襲う体内に渦巻く拒絶の塊。立ち上がると膝から崩れ落ちる身体に抗えない。鉛のような腕を持ち上げ酒瓶を掴むと一気に傾けた。喉を通過する筈の液体が顎を伝い胸元を濡らした。僅かな一滴ですら潤せない渇きに絶望を味わった瞬間だった。

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