海軍・海賊


□セピア
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名無しさんは息のない部屋だと言った。
全てが無機質で無意味なものだと吐き捨てた。その乾燥した笑いは暴力的に掻き毟って傷を増やした。いつか名無しさんが言っていた世界がモノクロに映る瞬間、何故か穏やかな気持ちになると。
誰のせいでもない仕方ない事だ。縛られている中で自由だと勘違いして生きる人間はどれ程いるのか。ドフラミンゴが知る意味はない、弱者は地べたを這いずり回り勝者の靴を舐める以外の価値を与えないのだから。己に心酔する…力を持つ者の宿命と言える言葉に男は酔いしれていた。

「名無しさん、フッフッフッ」
「ほんと不気味な男ね」
「これ、ゾクゾクしねェか?」

壁に押さえつけられる力で名無しさんは歪めた唇から細い息を吐いた。幸いな事に身長差のお陰でドフラミンゴの表情が見えない。ムッとする人工的な馨りは男の正体を隠しているようだ。鼓動がリズムを失い激しく打ち付ける。男の笑いに合わせてコートが不快に揺れ動いていた。

「貴方を理解できない…」
「あぁ、テメェは俺じゃねェからだ」
「でも私を、私以上に知ってるじゃない」
「フッフッフッ!俺を誰だと思ってやがる」

何故ドフラミンゴという男を理解出来ないのか自分で分かっている。強弱の関係は柔軟にはならない、絶対的な仕組みなのだから。それでも根本的に何も知らない、口にすれば容赦なく黙らせる。矛盾している。どうして俺を愛せと貴方は言うの…偽りは通用しない堂々巡りを只ただ繰り返すだけの毎日の中で。

「臆病な人」
「達者過ぎる口だなァ、殺すぞ名無しさん」
「愛してるわドフラミンゴ」

初めて呼んだ名前にドフラミンゴは眉間を寄せた。サングラス越しでも捕らえて離さない視線は疑いに満ちている。腰に抱き付く名無しさんの体温が身体を侵食してゆく。蠢き回る寄生虫が如く。

「笑わせんな、離れろ」
「先が見えないのね、疑ってばかり」

ドフラミンゴは名無しさんの髪を掴むと引き離した。壁に背中を打ち付け苦しげに呻く女は立ち上がり何度も囁いた、愛していると 。怒りに任せ首を締め上げるが潤む瞳は透き通り光を宿している。掠れた声色は死を悟っていても尚、囁く。

「軽々しく俺に愛を語んじゃねェよ」
「な、ら…殺して。本望だ、わ」
「捻りの欠片もない女だな、名無しさん」
「愛してた、」


愛してた、か。
最後の最期まで名無しさんは女だった。
命乞いより必要な言葉が愛だとでも言うのか。

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