海軍・海賊


□テムペスタ
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さっきまで何の変哲もない空模様だったのに、ほんの数分で世界が変わったみたい。轟音を響かせて、窓ガラスを掠める笛の音。まだ日が落ちるには早過ぎる景色が、水色と白が灰色に吸い込まれてしまう。こんな時は決まって襲いくる胸騒ぎに夢中で外に飛び出した。目的なんか見当たらない、裸足の皮膚を引っ掻く小石が痛い。立ち止まりそうな身体をきつく抱きしめた。

『海ってのは気まぐれだ』






私をかき乱すのは渦巻く突風なのか、その掴めない言葉なのか…遥か遠い記憶の一部が沸き上がった悪戯にすぎない事なのか。突然の悪天候でざわめく街並みは酷く冷たいものだ。薄情な鴎は真っ先に姿を消してしまった、私を導かず置いて行くのね。

『ほんと、いやな胸騒ぎ』

吐き出したそれは風に攫われ何処へ行くの。息も出来ない程の何かが込み上げきて、未だ解明されない未知の数値は頭の中を掠めてしまう。これを生きてる間に知ることは可能か否か。

『天文学すぎるわ、そんなの』
『誰と話してやがる。こんな所で』
『言ってる側から謎が飛び込んできた』
『名無しさん、2度も言わせんな』
『信憑性かしら、記憶の』
『そーかい』

突風で座り込んでしまっている私に声をかける男はきっと末期な人ね。軽々と担ぎ上げられた背中に懐かしさを覚えた。私の知らない感触はやっぱり見知ったスモーカーじゃない、似てるがこの人は何か違う。記憶の中にいる貴方とは程遠い。

『永遠に兎は迷宮をさ迷うのよ』
『あぁ?何なんだお前』
『無駄よソックリさん。騙されないわ』
『ゴチャゴチャうるせぇ!』
『真似しないで、混乱するの』
『お前も名無しさんの真似してんだろ』

逆に流れる風って不思議だわ。景色に置いてきぼりな気持ちになる、進めないもどかしさは喉の奥に絡まる針金みたいに締め付けて痛い。やっぱり解けなかった、頭すら上げてる気力も今はない。しな垂れ埋めた首筋からは微かな葉巻の馨、滲み出る体臭に途切れた糸が引き合い蝶々に結ばれた。ドッペルゲンガーにしては出来すぎだ…そもそもこんな男があと2人もいたら私の記憶がパニックになる。

『貴方スモーカー?本人かしら?』
『今更だテメェ!ド阿呆』
『やっぱり嵐を連れてきた』
『名無しさんに迷惑かけたかよ』
『予知?いえ…予感ね』
『嵐がくるってか?』
『スモーカー、キスして』
『おい、話が飛躍し過ぎだ』

建物の間に滑り込み2人では窮屈なそこに押し付けられた。頭上を吹き抜ける風が嫌な音を立て煽っている。スモーカーの手で優しく塞がれた耳の神経は薄れ、刻み付けられる彼の形、忘れられなくする熱は記憶の手掛かりなのか。前はいくらねだってもキスをくれなかったじゃない。只ただ抱きしめる以外は許してくれなかったわ。

『馬鹿ね、私』
『海を照らせ名無しさん』
『スモーカーに縋り付いて』
『それだけが手掛かりになる』
『…予感なんて』
『荒波で俺を導く光だ』
『もう行くのね』
『名無しさん…愛してる』
『ずるいわ』

これが繋ぎ止めないギリギリのゲームである限り。思い出すのも曖昧に薄れた時、彼女が正常に動いているか確かめる為に現れよう。そして嵐と共にお前の前から消えるのは、必ず存在する破ってはいけないルールがあるから。名無しさんが予感を疑いし時、それが全ての終幕。順応でない名無しさんに興味はない、義愛なんてものは藻屑となり母なる揺り篭に還る粒子に過ぎない。そう、刺激は最高の愛に変わり名無しさんを突き動かす。

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