海軍・海賊


□踊らされろ
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睡魔に手招きされる意識を無理矢理に断ち切りベッドから抜けた。
顔を洗っても歯を磨いても覚醒しきれない頭に朝がとことん弱いと再確認する。

「あれ?どこ置いたっけ…」

キッチンに必ず片付ける筈のマグカップが見当たらなかった。珈琲の準備を始めながら探しても探しても出てこない。苛立ちを感じればニコチンが欲しくなる身体は今更だった。



「朝からよく動く女だ」

「―ッ!ルッチ」

なんて神出鬼没な男。
ルッチに鍵や施錠なんて只の飾りにしか見えないのだろう。絵画の一枚が如く窓辺に腰掛けて景色を眺めていた。その手には探していた私のマグカップ。朱色のベースに雪の結晶が散りばめてあるソレは余りにも不釣り合いで笑える。

「名無しさん、頼みがある」
「私もよ」
「…なんだ?」
「それ、私のマグカップ」


言われて視線を窓から手元に移したルッチ。ゆっくりと瞬きをしてカップを口に運んだ。何を思ったのか私には汲み取れない男の行動。そして流れる沈黙に小さく溜め息が漏れた。

「名無しさん、教えろ」
「そうだったわね、何?」
「愛情」
「それ誰の入れ知恵かしら?」
「お前なら理解してる」



まず愛情を"理解"しようとする彼を納得させるのは不可能に近い。それでもルッチは正面を向き答えを促す。朝の陽射しを受けていた背中が今度は私を捕らえて目眩がした。

「そうね、分かりやすく言えば」
「あぁ」
「好意が歪んで愛情になるのかも」

「…理解した」

立ち上がり歩み寄って来たルッチからマグカップを受け取った。まだ冷めていない液体に写り込む自分の顔を見ていると大きく歪み、珈琲の馨りに負けないコロンが嗅覚を突き上げてきた。指から滑り落ちたカップは鈍い音を残し派手に転がった。じわじわ床に広がる液体はルッチの狂気とリンクしてしまったのか。

「どんな理解したのよ」
「俺と名無しさんは溶け合えるか?」
「無理」
「まぁ、関係ないが」
「早く離して」
「こうしていれば何時か―」


名無しさんと俺を区別する手掛かりは曖昧に変わってゆく。混ざり合う互いの体臭、細胞一つ一つが完全に融合する時まで。

俺に踊らされていろ―

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