姉弟
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……―――
「母さん!」
あの人に向かって満面の笑みで幼いあたしは笑いかけていた。
……あぁ、コレは夢なのか…
遠くで見守っているあたしは酷く冷静に理解できた。なのに、なかなか覚めさせてくれない…
あの人は困ったように笑って、あたしの頭を撫でた。
「っ!……………止めて、」
あたしに触らないで!
走って割って入ろうとしても、二人の視界にすら入れない…
「母さん、何読んでいるの?」
居心地良さそうに目を細めた幼いあたしに、黄色い花と手紙を持ったあの人は今度こそ完璧な笑顔で笑っていた。
「ふふふ、この手紙はね、」
「!、止めてっ!」
嬉しそうに話すあの人にあたしは叫んでうずくまった。
「姉さん!」
目を開けば、弟が心配そうにこちらを見ていた。
…悪夢を見る何て、久しぶりだなぁ、なんて思いながら頭をかいていると弟が水を差し出してきた。
「…大丈夫?」
「…ありがと、」
飲み干したあたしは気の利いた弟にお礼を言うとベッドから降りてブランケットを羽織る。
「姉さん、どこに行くの?」
「…散歩、」
ドアの手前で振り返らずにそう言えば、
僕も行くと言ってベッドから降りる弟にあたしはベッドに戻れと言おうとしたが、
「…勝手にしなさい、」
言うことを聞かない弟だと理解はしていたから、そういう言葉しか出てこなかった。
「…―――」
夜中だからだろうか、弟は珍しく一言も発さず、静かに一歩後ろを歩いていた。
あまりの大人しさにあたしが振り返って確認してしまう。
「、姉さん…」
庭に出てた所で初めて弟は口を開いた。
雲は辺りに散らばるようにあり、月が出たり隠れたりしている。
「姉さんは…――――」
今は隠れているものの、徐々に明るくなってきた。
「何が怖いの?」
月に照らし出された鋭い赤い瞳があたしを見つめていた。
…まるで怒っているみたいであたしは理解できず眉にシワを寄せた。
「…別に、何も…――――」
「嘘だ!姉さんは…――うなされてた、」
遮った弟は口を噛みしめて何かを耐えているようだった。
「僕が声をかけても、全然、目が覚めなくて、僕は、」
堅く握りしめた拳に自分自身に怒っているのだと理解した。
そんな弟に慰めの言葉とか、お礼の言葉とかは全然出てこなかった。と言っても感情を言葉に表すこと自体、得意じゃない。
「………」
「!、姉さん?」
あたしは弟の手を引いて木へと登った。
「…姉、」
「あたし…――――あたし、ある人が出てくる夢を見てた…」
…自分でも何を言っているのか分からないけど、自然と出てきた言葉はこんなものだった。
「…?、ある人?」
突然話し出したあたしに困惑しながらも弟は繰り返して続きを即足す。
「うん…―――――母親…みたいな存在で、小さなあたしと仲良くしてた夢…―――」
「その夢、怖かった?」
「ううん…怖いと言うより…―――キライ、」
「…………」
「そんな夢だった…」
木の上で無機質に話すあたしは何もかもが冷めたようだった。
心は勿論、体もそうだけど、
懐かしい夢からも…――――
なんだか疲れてしまって幹にもたれて目をつぶったあたしに、弟は何も言わなかった。
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