姉弟

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「僕はずっと姉さんが傷つかなければ、それで良かった…
僕が傷付いても、少しぐらい離れてても、それで良かった……」

「、」

肩に顔を埋めてきた弟に抱き締めようとしてもあたしの両腕は不思議な力の所為で動かなかった。
「それが、いけなかったのかな…」
「!、」

低く呟いた弟は体を起こすと勢いよくグリネジェめくり上げた。

普段、服に隠れて見えないそこには殴られた跡や、蹴られた跡がある。

「…やっぱり、アイツ等を殺しておけば良かった」

「、」

冷たく吐き出された言葉にあたしは密かに息を呑んだ。
そんなあたしの表情に何を思ったのか、弟は嗤った。

「姉さんは優しいね、もう許すんだ。ま、アイツ等にはまだ何もしないよ。まだ、ね。
でも、僕が受けた屈辱はどうすればいい?ずっと我慢して虐げられた僕の立場は?」
「っ、」

「…ごめん。姉さんには関係無いね」

離れた重さに自由になった腕。
体を起こすあたしは何故か素直に喜べなかった。

「…ふふ、」

笑い声に顔を上げれば、当然弟が笑みを浮かべていた。


「姉さんはきっと、僕のことなんか気にしてないよね」

あたしの頬に手をおいてゆっくりと撫でてきた弟は、熱を帯びた瞳であたしを見つめていた。

「だからかな。姉さんは僕の気持ちを理解した上で苛められてたことをひた隠してた…――」

……嘘。理解なんか、してない。今だって、何故そんな目で見てくるのか。弟は一体、何を考えているのか。

…分からない。

「知ってるでしょ?僕は姉さんのこと、こんなにも想ってる…」

優しく両手で頬を掴んだ弟は顔を引き寄せて額同士をくっつけた。

喉で笑う弟。
あたしは喋るということを忘れたかのようにただ彼を見つめることしか出来なかった。

「…弟の僕に心配をかけるから黙ってた?
それとも、僕がアイツ等に仕返しをするから黙ってた?」


「どちらでもない」

目を閉じたままの弟は、あたしの心など見透かしているかのように微笑する。

「…………」

「僕は分かってるんだよ、姉さん。
さっきはつい意地悪をしたくてああ言ったけど、」

「姉さんは……どうでも良かったんだ。
許す許さない以前に。
苛めることも。苛められることも、」

「破られたただの布や傷だらけの皮膚も、
何もかもが、姉さんにとってはすべてが無関心だってこと…――」

「…………」

「……どうしたの?何も話さないなんて…」

弟は距離を取り覗き込んできた。

その茶褐色の瞳の奥に潜む赤であたしをとらえようとするように…―――

「…話すことなんて、ない。」

「…そう」

沸々と湧き上がってくる胸の熱さとは対称的な冷めた声に弟は掴んでいた手を離した。
「でもね…―――」

離れようとした弟の胸倉を掴み、再び顔の距離が近くなる。

「姉さんはこうだからって、勝手にあたしの感情を決めないで!
それはアンタが作った幻想で、あたしの感情なんかじゃない!!」

頭に血が登ってくる感覚に、あたしは吐くだけ吐いて、部屋から出て行った。

しかし、

「………やっぱり、姉さんは残酷で優しい姉さんだ…――」

扉を閉める瞬間、そんな言葉が聞こえた。









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