姉弟

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「はっっくしゅ、」

この間の雨の中でお茶会をした所為か、弟は風邪を引いてしまった。

全く、お陰であたしが世話をしなきゃならなくなった。

「サイアクだわ…」

「うぅ…姉さん…」

「ハイハイ…タオル?食事?トイレ?何!」

布団を深く首もとまで上げてやり、赤くなった顔を見つめて様子を窺う。可愛いとは思わない訳じゃないが、ついつい声が強くなってしまう。

「姉さん…姉さん…」

意味もなくうわごとのように繰り返す弟にキレても良いだろうか?

用事もないのに、呼ぶんじゃねぇえ!

と啖呵を切ろうとした刹那、


「独りにしないで…――」

『独りに、しないで…――』

…黒髪の幼い少女と被って、あたしは空気を抜かれた風船のようにベッドに倒れる。

弟がうっ、と声を上げたが気にしない。だってこれからあたしは風邪が治るまで付きっきりの看病だ。
それに比べればどうってことないだろう。


でも、

独りにするな、なんて…

「…無理な願いだって、

気付かないのかなぁ…あんたも、あたしも…」

顔を真っ赤にした弟の頬にそっと触れて、閉じる瞼に抵抗することなく、眠りについた。

『…母さん、…アツいよ、…母さん、』

幼い頃、あたしは一回だけ風邪を引いたことがあった…

『母さん…』

あたしは、馬鹿みたいにただあの人の温もりを求めていた。

『…――姉さん、』

ふいに幼い弟が慕うように呼んでくる声が聞こえた。そんな人、いるわけないのに…

「姉さん、姉さん、」

でも、その呼びかけがとても気持ち良くて居心地が良くて、もっと聞きたかったけど、

「姉さん!」

「ン…」
強く揺すられ、目を覚ました。

「姉さん、トイレ…」

そういえば、この世界じゃ弟がいたなぁなんて今更ながら思う。
時計を見れば軽く十二時を過ぎている。みんな眠っていて他に手伝う人はいない。



「ほら、掴まって…」

あたしは目覚めてすぐ、

弟は風邪で、


お互いふらふらしながらトイレへと向かう。こんな時、人がいない夜中で良かったと本気で思う。

「…はぁあ、なんだかな〜…」

ようやく覚醒したのは弟と何回も転んで来たトイレに弟が入ってからだ。

「…こんな暗かったっけ、」

今まで歩いてきた廊下を見返せば昼間とは全然違い、闇とほぼ同化しているようだった。


あたし一人だったら、こんなことにはならない…

もしこれからも二人で歩いていく道ならこんな感じだろうか…



「姉さん?」

「ハイハイ…」

出てきた弟に肩をかして部屋へと戻る。

ちゃんと目が覚めているのにどうしてもふらついて転けてしまう。

「クス…―――」

「イタタタ…――姉さん…?」

一人で歩く道にはないけど、あたしと弟二人で歩いていく道には今の様にふらついたり何回も転ぶことがあって…

「ふ…なんか、馬鹿みたいじゃない?何回もふらついて。転んで。それでも、歩くなんて、」

あたしの言っていることに風邪をひいてても弟の頭は正常に働いているようで、

「でも、歩かないと部屋に帰れないよ?」

顔を真っ赤にして何を言ってるんだと眉をしかめて此方を見てくる。


「そうよね。どんなにふらついても転んでも、一緒に帰らないと、意味がないわね」

「うん?」

一緒に歩く道ならどんなに険しい暗い夜道でも

ふらつきながら、

転びながら、

傷付きながら、

歩いていくんだろなぁ…

また一緒に歩き出す中でほんの少しだけど、独りよりも良いんじゃないかと思ったのは次に転けてしまう、つかの間だけだった。








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