姉弟

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黒髪黒眼の十歳…
その頃からあたしは何もかもがどうでも良かった。

…消えてしまった上履き、

落書きされた教科書、

明らかに嘲った笑い声…

それすらも、どうでも良かった…―――――



世界はあたしに冷たかった。みんなみんな、冷え切っていた。小さなあたしは朧気ながらも、悟っていた。

だから、
…あたしは、世界のすべてを憎んだ。

憎んで、憎んで、憎んで…それから、

それから…?


「お前の父親、どこにいるんだよっ!」

男の子が三人、目の前にとおせんぼよろしくつっ立っていた。

「……」

「かぁちゃん言ってたぞ!お前の父親、お前らを捨てて行ったんだって!」

「……」

「、なんとか言えよ!」


「…ガキ、」

途端に顔面辺りに強い衝撃を受けたあたしは声は出さなかったものの力に従って倒れる。


「っ!気に入らないんだよっ!」

腹に、背中に、足に、顔に、

所構わず襲ってきた蹴りにあたしは丸まる。

「お前、気に入らないんだよっ、」

「その態度!」


「その雰囲気!」


「その目!!」


全部全部、気ニ入ラナイ…


まるで恐れてるかのように、怖がっているかのように、彼らの声は震えていた。


「…ただいま、」


ボロボロになった体でなんとか、玄関の扉を開ける。

「………」

当たり前のように、返事は返ってこない。あたしは靴を脱いで自分の部屋へと向かう。
途中でふと顔を横向ければ、食卓の席に座っているあの人が見える。

すぐ近くにいる筈なのに、手紙を見つめるあの人が凄く遠くに感じる。

「………」

ただいま、は言わない。

言ったとしても、


「お帰りなさい」

笑顔を浮かべたままのあの人は文脈を見つめ続ける。

…あたしは、いつしかただいまを言わなくなった。

正確にはあの人に対して、だけど。

視線を戻して自分の部屋へと戻る。

人が住むのに、必要最低限の物しかない部屋。…自分でも、おかしいと分かってた。それでも、何かを置く気にはなれなかった。


特にする事もなく、自然とランドセルを開く。宿題を済ます。風呂にお湯を溜めて入る。寝る。

何の楽しみもなく、一日一日を義務的に過ごす日々…


そんな退屈な日常をあと数年くらい過ごした時、


「羅雪…」

「な、何…」

あの人が久しぶりにあたしの名前を呼んだ……

優しい声音に動揺していたあたしはいつもと違ったあの人の雰囲気に気がつかなかった…

「海へ…行かない?」


あの人は笑っていてあたしを見つめていた。戸惑う中、あの人は強引にあたしを引っ張り……



「アリス、アリス、」

「っ!!」

「…うなされてましたが…大丈夫ですか?
珍しいですね…貴方が寝坊するなんて…もう昼ですよ?」

「…Ms、コール…」

「Mrs.コールと呼びなさいと言ってるでしょ!」

厳しくなった口調にあたしは手のひらを使って耳を塞いだ。

「…全く……昨日は夕食の席にいなかったようだけど、本当に大丈夫なの?」

心配するように覗き込んできた…Mrs.コールにあたしは笑みを作って見つめ返した。

「大丈夫。」

「なら、いいけど…」

「……」

意識が薄れる前は少し暗かったのに今は暖かい日差しはないものの、明るい光が差し込んでくる。
そんな景色の変化に時差を感じながら体を伸ばした。

…あたしは軋む体をならしながら半日ぶり以上にベッドからおりた…――









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