短編

□不老不死を叶えた少女…――
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「…竹の中から出てきた女の子が、求婚してきた貴族に無理難題を押し付けて、月へと帰る御噺です。」

「…随分と斬新な御噺だね」

彼女の視線は相変わらず本に向いている。


「……美しい竹の姫に惑わされたのは何も貴族だけじゃないんですよ」


不意に見上げてきた彼女に再び瞳の色を見れば、やはり何も映ってはいなかった。

ただ漆黒だけがそこにあった。


「帝と呼ばれる王様みたいな人でさえも、その姫の為に兵を出し、月へと帰さないようにしたんですよ?」

彼女は僕から視線を外して再び本へと戻す。

「姫は、そんな帝の為に一つの薬をあげたんです。」

「………」


俯いたため、彼女の表情は影に隠れてしまった。

「“不死の薬”です」

覗き込めば彼女の瞳は黒い筈なのに輝いていた…
その事実にゾクリと快い刺激が背中を走る。


「しかし、帝は捨てたんです。アナタがいない世界で生きててなんになる、とか言って、」

彼女は本を閉じ、

視線を僕に移す。


「あなたは、どう思います?」

「……素晴らしい愛じゃないか」

「下らない柵、の間違いです。」

冷たく言い放ち彼女の黒い瞳が更に黒くなった気がした。


「…――君は“愛”って言葉を使わないのかい?」

「愛?この噺のどこにあると思います?姫はただ恩義を返すために薬を贈っただけに過ぎません。帝は他の貴族と同様にただ捕らわれただけ…」

「確かに、」

クスリと笑えば彼女は笑みを浮かべた。

初めて微笑んだ時と一寸の違いもないように…

「もし、その薬があったらあなたはどうします?捨てますか?」

「…どうだろうね」

肩をすくめておどけて答えれば

「…私なら使いますね」
彼女ははっきりと答えた。

「その薬の矛盾に気付かず、使います。」

「矛盾?」

「死を感じなければ生を感じることはできません。
死ぬのが怖いから薬を飲む、これは生きているからこそ感じる感情です。

しかし死を克服するれば感じなくなります。…ならばこれは生きているのかと聞かれればそうじゃない、


死んでいるのと大差はないんです」

彼女の言っている意味がどうしても理解出来なかった。彼女はまるで、

「すみません、訳が分かりませんよね」

「…まぁね、」

苦笑した僕に彼女も苦笑で返した。

「それでは、私は帰りますね」

クルリと背を向けて出口へと向かう彼女にどこにと尋ねれば、


「必要の部屋です」

「必要の部屋?」

「何でも揃ってる、そんな部屋です」

彼女は此方を見ずにスタスタと扉へ向かう。
そんな彼女の素っ気ない一面に一息ついて視線を戻そうとすれば、

「あ、そうでした、」

今まで振り返らなかった彼女が此方に振り向き、


「先程の続きでこんな噺あるんですよ?


捨てようとした薬を飲んでしまった少女、」

柔和に微笑んでいた少女が不適に笑った。


…――――


「……ふ、」

彼女がいなくなり図書室には僕一人になった時、思わず笑いがこみ上げてきた。


なぜ彼女を不思議に感じ、斬新だと思ったのか…―――


言葉通り、彼女みたいな人と初めてあったからだ。



「君に興味が湧いたよ、ななし」


僕はそっと読みかけていた本を戻した。











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