短編
□追想と蜻蛉
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それは寒い寒い冬の日のこと。突然だった。
「トム、今日から君は私の家族だ…」
そう囁いた男の表情は帽子を深く被っていて読み取ることが出来なかった。
それが怖くなかったと言えば、嘘になる。
でも、それ以上に握手をしようと差し出された手が男と思えないくらい綺麗で思わず見入ってしまった。
だから気付いた瞬間、
「…私は無言を肯定と受け取る男でね…よろしく」
頭を撫でられることを許していた。
「……トム。君は今、何を考えていた?」
「、別に。何も。」
玩具が並ぶショーウインドーの向こう側にははしゃぐ子供と膨らんだお腹を気にしながらも微笑ましく見守る母親がいる…
移る自分はというとつまらなさそうに僕自身を見ていた。
そしてその奥にいる帽子を深く被ったななしも僕を見ているが…数年立った今もその表情が分からない。
「嘘だな。表情は保ったままだが、一瞬、間が空いていた。…どうした?
まさか玩具が欲しいのか?」
…此処で下手に答えれば、何か考えていたと答えているようなもんだ。
「……」
「…いつも言ってると思うが無言は肯定と受け取る…」
「!…分かった。分かったよ!僕の負けだ…」
店に入ろうとするななしを力いっぱい引き止めれば、彼はニヤリと口を歪めた。
「…残念だな。せっかく君に玩具を買ってあげようと思ったのに」
「そんなの、いらないって言ってるだろ!ここで待ってろと言われたから待ってただけだ。
…それより、もう買い物はすんだの?」
抱きついたまま、上を見上げれば気だるそうなハシバミ色の瞳が僕を見下ろしていた。
「…まぁね。それより、話をずらそうとするな。玩具を見つめて、何を考えていたんだ?」
真下にいる僕はななしの頬がニヤニヤと緩み始めたのに気が付く。
「…分かってる。でも、寒いんだ。早く帰ろう」
「だから店の中に入りなさいって言ったのに…」
手を引いて歩き出した僕にななしは僕の冷たい手を見ながら独り言を言うように呟いた。…ただし、僕に聞こえるくらいの音量で。
「うるさい。」
顔が整っているのにどうして女の影一つないのか、改めて良く分かった。
性格が悪いからだ。
ななしの性格に耐えられる女がいる訳がない。
…でも、ほんの少しだけ、
「まったく…ほら、マフラーでも巻いてなさい。」
「……ありがと、」
優しいってことを知っているのは僕だけでいい。
「……ねぇ、僕の母さんってさ、どんな人だった?」
「…!」
ショーウィンドーの店から出てきた妊婦の親子が同じ方向に歩いて来ているのがガラスを伝って目に入った。
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