創作

□優等生
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生きていたころの夢を見た。私の最期の記憶。

私は誘拐され、死んだ。誘拐犯は若い男。支配欲の強い男。その男はいわゆる二重人格という人だった。支配欲の強いほうは出てくるたびに私を虐め尽くす。幼いころから親から虐待を受けていたからそんなに苦ではなかった。それが終わるとすぐに優しいもう一人の方にもどる。
「逃げてもいいよ。俺のことを言わないなら。」
いつも私の髪を梳きながら言う言葉。確かに私はいつでも逃げられる状態に居た。
普通の一軒家に少し弱気な兄と病弱な妹という設定で住んでいるだけだったのだから。
でも私は逃げなかった。優等生だった私は、この人は私が居ないと駄目になってしまう、と責任感のようでまったく違う感情が芽生えていたからだ。今ではその感情に簡単に名前をつけることができるが、当時の私は知らなかった。
私は兄さんが外出している間に兄さんが買ってきた教材を済ませ、家事を済ませていた。
朝、兄さんを起こし、一緒に朝食をとり、出かけるのを見送り、やるべきことをやり、余った時間は自由にすごし、兄さんが帰ってきたら一緒に夕食を食べ、外の話を聞く。
そんな日々が何年も続いた。
テレビでは私のニュースはまったく見なくなった。そんな、いつもの日に突然変化は訪れた。
「明日は何が食べたいですか?」
夕食を食べ終わり、いつもの様に明日の夕食のリクエストを聞いていたときのことだった。
ガンガンガン!
いきなりドアを激しくたたく音がリビングに響いた。
「なんだろ、出てきますね。」
私がドアを開けようとソファをたつと、
「いや、いい。俺が出るよ。」
と、兄さんが私をソファに座らせリビングを出た。しかし、しばらくしても戻ってこない。
「どうしたんだろう。」
不思議に思った私は玄関に向かった。そこには、多数の警官が居た。
「っ…」
とうとうばれてしまったんだ、この兄弟ごっこも終わりを告げてしまうんだ。そう思った。
恐る恐るもう少し外をのぞくと私の親が居た。憎しみのこもった目つきで兄さん ( 誘拐犯 )を睨んでいた。
それは当たり前のことだった。私は一族を繁栄させるために作られた道具だったのだから。
その道具を知らない男に奪われ、一族は経営破綻したといつかのニュースでやっていた。
「お前のせいで私はこんな目に遭ったのよ!お前さえ居なければ!」
そういって本物の家族 ( 虐待者 )たちは大きな石を振り上げた。
あ、兄さんに当てる気だ。そう思った瞬間体が勝手に動いていた。
「○○っ!」
兄さんが私の名前を呼んだ。でも、私は覚えていない。幽霊に名前は要らないから。
その後頭に鈍い衝撃が走った。ああ、頭に当たったんだ。と思った。
その後、うっすらと目を開けると、本物の家族 ( 虐待者 )が私を心配そうに見下ろしていた。
頭には温かい液体の感触がある。遠くには救急車を呼ぶ声が聞こえる。
「に、兄…さ、んは?」
やっと出た一言がそれだった。
「こ、ここに居るぜ。」
ああ、そういえば血の繋がった兄もいたんだっけ。でも、私が会いたいのはあなたじゃない。
「ちが…う…よ。私…だ、けの…兄さ…んは?」
「あ、あの誘拐犯のこと?何であんなやつに会いたがるのよ!?」
ヒステリックな母の声。頭に響く。やめてほしい。
「いいから。呼んでやろうぜ。」
それから少しして、兄さんが現れた。すごく泣きそうな顔。
「○○…。何でお前、俺のこと庇ったんだよ…?」
「だっ…て、兄さ…んのこ…と助…けた…かっ…たんで…す。私が…私らし…く居られ…る場所を作…って…くれ…た…から。」
「俺はお前をさらったし、…酷い事だってしたんだぞ?」
どんどん目に涙がたまっている。私の目にも温かいものが溢れてきているような気がした。
「で…も、か…んしゃして、ま…す。」
「何言っているのあなたは!」
「母さん!」
いきなり母さんが割り込んできたが本物の兄さんが止めてくれた。
「兄さ…ん。ひと…つだけ…言わせて…ください。
私をさらってくれて、ありがとう。」
最期はうまく笑えた自信が無かったけど、兄さんが笑っていたから笑えていたのかな…?
そこで、私の生きているころの記憶は途切れている。
生きていたころの記憶はあやふやだし、だんだん忘れかけているけど、あのときの兄さんの顔だけは鮮明に覚えている。
あの、泣きそうで、悔しそうで、でも、とても優しい笑顔。
その顔を見た直後、夢からさめた。兄さんの顔を見たら、勇気が湧いてきた。
「そうだ。」
いつも虐められているあの子。勇気を出してみんなにやめよう、といってみよう。
そしたら、もっと素敵な毎日になるかもしれない。

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