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□Le minuit 〜Alice ver 1〜
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私はハートの国に残りたいと思ったから、元の世界には帰らなかった。
なのに引越しって?
ハートの国からクローバーの国になった?
時計塔と遊園地はクローバーの国にはなくて、ユリウスにもゴーランドにも会えない?
冗談じゃないわ!そんなの納得できるわけない!!
引越し直後はそう思っていたけれど、さすがに十時間帯以上経つと落ち着いてくる。
私が滞在している帽子屋屋敷の住人達も何かと気を使ってくれている。
・・・それが少し、申し訳ないけれど。
いつものようにメイド見習いの仕事をしていれば気も紛れる。
それでも、一人になると暗く沈みがちな思考に歯止めがきかなくなるから、私は屋敷の主に甘えることにした。
この帽子屋屋敷の主であり私の上司、そして帽子屋ファミリーというマフィアグループのボス、ブラッド=デュプレ。
何の因果か、彼は元の世界での私の初恋の人と瓜二つの外見をしている。
中身は全く、これっぽっちも似ていないが。
「だるい」、「眠い」が口癖で、これでもかというほど自分勝手で我侭・・・というように見せたがる捻くれた男。
そんな彼は私に甘すぎる。
マフィアのボスである自分の自室への入室を許可してしまうほどに甘い。
本来、ボスである彼の部屋にはファミリーの人間でも限られた者しか入室を許可されていない。
にも関わらず、居候を始めたばかりの当時の私に、「自由に入っていい」と言ったのだ。
まあ、私も本当なら遠慮すべきところだが、彼の所有する膨大な蔵書に惹かれて足繁く通ってしまっている。
そして今も、書類仕事に励む彼を横目に読書に勤しんでいる・・・・・・はずだった。
突然、頬に何かが触れた。
慌てて其方を見ると、ブラッドがいつの間にか隣に来て私の頬を撫でていた。
「・・・!?ブ、ブラッド・・・!びっくりさせないでよ・・・」
私の言葉に彼は肩を竦めた。
「声は掛けたんだがね。つれない君は返事もしてくれなかった」
全く気がつかなかった・・・。私は視線を泳がせつつ謝る。
「そ、そうだったの・・・?ごめん。ちょっと考え事してて・・・」
結局、私は暗い思考に呑まれて本もまともに読んでいなかった。
ブラッドが少し呆れたように言う。
「引越しのことをまだ気にかけているのか?・・・べつに死に別れたわけじゃないんだ。気にすることもないだろう」
「・・・・・・そう・・・・・・だけど・・・・・・」
わかっている。また引越しがあれば彼らに会えるかもしれない。
でも違う。
私は彼らに会えないのが嫌なのではなく、彼らに忘れられることが怖いのだ。そして、次に引越しがあったとき、この帽子屋屋敷にいられないのではないかと怯えている。
だから今まで以上に仕事に熱心になった。
・・・・・・自分の居場所を確保したくて。
私はもう、何も失いたくない。