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□欲しいもの
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「なあ、お嬢さん。何か欲しいものはないのか?」
眠る前の穏やかな空気の中、ベッドの上で横になってアリスを抱き締めていたブラッドが言う。
「・・・・・・急になぁに?」
うとうとと眠りかけていたアリスは、若干、舌足らずな口調で答えた。
そんなアリスが可愛くて、ブラッドは彼女の額にキスを落とす。
「・・・いや、なんとなく・・・。まあいい。・・・眠りなさい」
ブラッドの手があやすようにアリスの頭を撫で、アリスは気持ち良さそうに目を閉じた。
しばらくして、アリスは幸せそうな寝息を立てるのだった。
「言っておくけど、欲しいものなんてないからね。これ以上贈り物を増やさないで」
もぞもぞと服を着ながらアリスが言う。しかし、ブラッドからの返事がない。
アリスはつかつかと窓辺に向かうと、勢い良くカーテンを開けた。目の眩むような昼の光が、ベッドに転がる屋敷の主を照らした。
「・・・・・・眩しい・・・・・・」
ブラッドは上掛けを引き上げて頭まですっぽり被り、恨めしげに呟いた。
「今は貴方の大嫌いな昼の時間帯だものね。・・・で、私が言ったこと、ちゃんと聴いてた?」
カーテンを閉め直しながらアリスが尋ねると、「聴いていた」とくぐもった声が返ってきた。
「ならいいわ。私、仕事の時間帯だから行くわね」
上掛けの中に埋まっているブラッドの頭を撫で、アリスは部屋を出て行った。
ドアが閉まってしばらくすると、ブラッドが上掛けの中から顔を出した。
「・・・・・・欲のなさ過ぎるお嬢さんだ・・・・・・」
そう言って溜息をつく。
アリスが薔薇園でブラッドに、この世界に残ると宣言してからそれなりの時間が経った。
しかし、ブラッドの姉の手元にある彼女の小瓶が割れたという話は聞かない。
あれがある以上、彼女は元の世界への未練を断ち切れていないことになる。
ブラッドはそのことが気になって仕方ない。
アリスがふらりと元の世界に帰ってしまうのではないかと不安なのだ。
あの手この手でアリスを縛りつけようとしても、全く効果がない。むしろ逆効果のような気がしてくる。
アリスが元の世界に帰らないという確かな証を、ブラッドは心の底から欲していた。
仕事を終えたアリスは一人で薔薇園にやって来ていた。
薔薇園の中央に聳える大木の下に座り、何をするでもなく薔薇を眺める。
アリスはこうしている時間をとても贅沢な時間だと思っている。
あの美しい姉弟がいれば、さらに贅沢だろうとも思う。