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□深夜のお茶会
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「お嬢さん」
仕事を終えたアリスが玄関ホールにやって来たところで、ブラッドに声を掛けられた。
アリスは警戒するようにじりっと一歩後ろに下がった。
それを見たブラッドは肩を竦めつつ、アリスに一通の手紙を差し出した。
「・・・手紙・・・?」
「ああ。おちびさんに渡して欲しいんだが・・・。任せていいか?」
ブラッドが言う「おちびさん」とはチェシャ猫のボリス=エレイのことだ。
ブラッドの口からボリスの名が出るのは珍しい。
「ボリスに?」
アリスは首を傾げた。
「・・・遊園地に行こうと思ってたから、それはいいけど・・・。」
なんだか気になる。
「お茶会の招待状だよ。・・・少し、おちびさんと話しがしたくてね」
それ以外の意図はないよ、と付け加えるブラッド。
「・・・良くわからないけど・・・。いいわ。渡しておく」
アリスはブラッドの手から招待状を受け取る。
「気をつけて行っておいで」
玄関ホールのドアを開けて昼の外に向かうアリスを、ブラッドはそう言って見送った。
確かにアリスは遊園地に行こうと思っていたから、招待状を預かることに何の問題もなかった。
しかし、ブラッドとボリスが何を話すというのだろう。
以前、ゴーランドを茶会に招待したときの光景が思い出され、アリスは溜息をついた。
(あの時は大変だったわよね・・・)
終始胃が痛いお茶会はあの時が初めてだった。
だが、ボリスは帽子屋屋敷の双子の門番達の友人で、屋敷の敷地内にもちょくちょく入ってくる。
ブラッドはそれを特に気にしていないし、ボリスもブラッドを嫌ってはいない。
この物騒な世界において、彼らは比較的友好的な関係を保っているように見える。
(危ないことはないわよね・・・)
遠くから賑やかな音楽が聞こえ始める。
ふと、アリスの視界の隅に派手なピンク色が見えた。
「ボリス?」
駆け寄りながら声を掛けると、もこもこのファーを持ったボリスが振り返った。
「あ、アリスじゃん!久しぶり。遊園地に遊びに来たの?」
人懐っこい笑顔を浮かべるボリス。
「ええ。・・・それと、貴方にこれを渡して欲しいってブラッドに頼まれたの」
アリスはブラッドから預かった招待状をボリスに差し出す。
ボリスは不思議そうにそれを見た。
「帽子屋さんが俺に?珍しいな・・・」
そう言ってボリスは招待状を手に取ると、封を開けて中のカードに目を通す。
「ふ〜ん・・・。ま、いいや。帽子屋さんにも何か考えがあるんだろうし、いいよ。行くって伝えておいて」
軽く言ってボリスはカードを封筒に戻すと懐にしまう。
「わかったわ。伝えておく」
「ありがと。じゃ、あんたはこれから俺と遊んでね?・・・最近来てくれないから、寂しかったんだよ?」
ボリスはアリスの腕を掴むと、引きずるようにして遊園地へ歩いていく。
「ちょっ・・・!一人で歩けるわよ!!」
アリスが抗議するも、ボリスはアリスの腕を離さない。
ちらりとアリスを見て、意地の悪い笑顔を見せた。
(帽子屋さんも切羽詰まってるのかな?)
笑顔の下で、ボリスはそんなことを考えた。