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□Le minuit 〜Blood ver〜 1
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引越し後は面倒で仕方ない。
つまらない仕事が増える上に、会合にも出席しなければいけないのだから。
「引越し後は会合に出席すること」
なんてくだらないルール。
どうせ何も決まらず、話合い自体も纏まらない。
それでも役持ちという立場上、必ず出席しなければいけないというのだから、面倒なことこの上ない。
そう思っても、結局はルールに縛られた身。ルールに従う他はない。
イラつくばかりでどうしようもない。
そういえば、余所者の彼女にとっては初めての引越しになる。
彼女はどんな反応をするだろう?
ああ。彼女を会合に連れていけば、つまらなくて面倒な会合も少しは楽しめるかもしれない―――。
私の自室にやってきた彼女――アリス=リデル――は余所者だ。
ハートの城の宰相である白ウサギによってこの世界に連れてこられ、その直後にこの帽子屋屋敷を訪れてた。
最初はただの暇つぶしで、飽きたら殺そうと思って滞在させていた。
だが、彼女の存在は面白く退屈しなかったから殺すのは止めた。
彼女はかなりの読書家だ。
滞在を始めてすぐに入室を許可した私の部屋の蔵書の虜になっている。
いつも無防備にやってきては、部屋のソファで本を読んでいく。
今も、彼女は本棚から取った本を手にソファに座っている。
しかし、本の頁はもう長いこと捲られていない。
仕事を片付けながら、合間に彼女を観察している自分に苦笑してしまう。
それほど彼女は気になる存在だ。
「お嬢さん」
仕事に区切りがついたので、書類を纏めながら声をかける。だが、彼女からの反応はない。
それは予想していた。
彼女は一つの物事に集中すると他が見えなくなるタイプだった。
何かを酷く思い詰めているような眼差し。
・・・・・・泣き出しそうに見えるのは気のせいだろうか?
立ち上がり、彼女のいるソファへと近づく。
彼女の隣に座っても、彼女の意識はどこか遠くを彷徨っている。
それが面白くなくて私は彼女の頬に触れ、彼女の意識を無理やり此方に向けさせる。
「!?ブ、ブラッド・・・!びっくりさせないでよ・・・」
私を見た彼女は心底驚いた顔をしている。
「声はかけたんだがね。つれない君は返事もしてくれなかった」
わざと傷ついたように言うと、彼女は焦ったように視線を泳がせる。
「そ、そうだったの?ごめん、ちょっと考え事していて・・・」
「引越しのことをまだ気にかけているのか?・・・・・・べつに死に別れたわけじゃないんだ。気にすることもないだろう」
「・・・・・・そう・・・・・・だけど・・・・・・」
私の言葉に頭では納得しているが、心がついていっていない。
そんな彼女を見るのも悪くない。
彼女は「引越し」という変化を望んでいなかった。
ハートの国に残ると決め、そこにある全てに満足し、そこに停滞することを望んでいたのだ。
それなのに、この帽子屋屋敷はクローバの国に飛ばされ、何人かの友人と問答無用で別れる羽目になった。
停滞を望んだ彼女には相当な痛手だろう。
だから今もなお、彼女はその事実を受け止められない。
そして彼女の心は再び揺れだす。
この世界と元の世界との間で。
彼女は一体、この事実をどう受け止めるのだろうか?
興味がつきない。
「全く・・・面倒な性分だな。とりあえず、新しい紅茶を淹れよう」
空になった彼女のティーカップに新しく紅茶を淹れる。
部屋に満ちた紅茶の香りで、彼女は少し落ち着いたようだった。
「ああ。そうだ、お嬢さん」
まるで今気がついたように言葉を口にする。
「実は、引越しの直後にはクローバーの塔で開かれる会合に出席しなければいけないというルールがあるんだ。君にはこのルールは適用されないが、気晴らしに一緒に参加してみないか?」
一応尋ねてはいるが、どんな返答をされようとも彼女を連れて行くつもりだから、彼女に拒否権はない。
「会合?」
彼女が首を傾げる。
「そう。何も纏まらず何も決まらない。ただ集まることに意味がある・・・・・・。そんな催しだ。役持ちは全員強制参加で、会合期間中はクローバーの塔に滞在することになる。・・・君がいないと退屈で死んでしまいそうなんだ」
「・・・・・・私の気晴らしじゃなくて、貴方の気晴らしの為に誘われている気がするんだけど?」
やっと彼女の普段のペースが戻ってくる。
「まあ・・・そうとも言うな。会合に出席するなら、君の服を見繕わなくてはな。会合はスーツ着用がルールだ。・・・・・・ふむ。楽しみが増えたな」
そう言ってやると彼女が小さく溜息をついた。
「私に拒否権はないのね・・・。いいわ。行ってあげる」
彼女の目が私を映す。
そのことに私は満足した。