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□深夜のお茶会
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 アリスが遊園地から戻って二回目の夜の時間帯。
 ブラッドは一人でティーテーブルの前に座って夜空の月を眺めていた。
 テーブルの上にはティーポットと二人分のティーカップ、少しの茶菓子が置いてある。
 明らかにお茶会の準備だ。
 同席者はこれからやって来るチェシャ猫のみ。
 アリスにもこの時間帯にお茶会を開くことは話していないし、部下達にも一切口外するなと言ってある。
 もっとも、アリスはブラッドのベッドで眠っていることだろう。
 そうなるように、二時間帯ほどブラッドが相手をしていたから。
 「こんばんは、帽子屋さん」
 足音もさせずにボリスは現れた。
 金色の瞳が楽しげに細められている。
 「待たせちゃった?」
 ボリスの言葉にブラッドは首を横に振る。
 「急に招待したのは此方だ。気にすることはない」
 そう言って、ブラッド自ら紅茶を淹れ始める。
 ボリスは軽い身のこなしで椅子に座ると、そんなブラッドをじっと見つめた。
 ふわりと仄かに甘い香りが漂う。
 「・・・男に見つめられても嬉しくないんだが・・・」
 「俺だって、そんな趣味はないよ」
 そう言ってボリスは笑った。目の前に置かれたティーカップには目もくれず、ブラッドに声を掛ける。
 「ねえ、帽子屋さん。・・・焦ってる?」
 にやりと浮かべる笑顔は、意地の悪いチェシャ猫の笑みそのもの。
 「おちびさんだって気付いているだろう?」
 ブラッドはそう問い返す。
 その言葉にボリスは素直に頷いた。
 「・・・ま、なんとなくね。でもさ、どうして俺な訳?どっちかっていうと、こういうのは夢魔さん辺りがいいと思うんだけど」
 「芋虫とは話をつけてある」
 ブラッドが即答する。ボリスは、「なるほど」と納得した。
 「そんなに惑わせたいんだ?」
 ボリスの言葉にブラッドは答えず、紅茶を口にする。それが答えだった。
 「ふ〜ん・・・。ま、いいよ。そういうことならさ」
 まだ少し熱い紅茶を、ボリスは一口飲んだ。
 普段紅茶は飲まないボリスでも、味の良し悪しくらいは判る。
 「こんなに美味しい紅茶も飲ませてもらえたしさ」
 満足気に目を細めるボリスに、ブラッドは視線を向けた。その目からは何の感情も感じられない。
 「・・・随分あっさりと承諾するんだな」
 ブラッドの言葉に、ボリスは声を上げて笑った。
 「・・・俺はアリスのことが好きだよ。でも、同じくらい帽子屋さんのことも好きなんだ」
 ブラッドの眉間に皺が寄る。
 「にゃははっ。そんな顔しないでよ、帽子屋さん」
 ボリスはそう言って続ける。
 「好きな人には幸せでいてもらいたい」
 ボリスは茶菓子のクッキーに手を伸ばし、それを頬張る。そして紅茶を一口飲んだ。
 「帽子屋さんといるときのアリスは生き生きしててすっごく楽しそうだし、帽子屋さんもアリスと一緒にいるときはすごく楽しそうに見える。きっと、二人は一緒にいるのが一番幸せなんだよ。それなら、協力するしかないよ」
 ボリスの金色の瞳がブラッドを映す。その瞳には何の翳りもなかった。
 
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