X-幼馴染の夫婦
□新しい風と光
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「ここがラインハットね!」
ビアンカは意気揚々と城下町に足を踏み入れた。
「うん…きちんといい風が吹いている。」
「風?」
彼女の後ろに続いてやってきたリュカは、なじみの景色が今まで見た中で最も優しい光を浴びていると感じていた。
不思議そうに隣で見つめてくるビアンカに、宿屋への道がてらリュカは思いを話した。
「最初にここに来た時は、ビアンカがアルカパへ帰った後、父さんに連れられた時だったんだ。」
「そっか、それじゃあ随分前になるのね。」
「…うん。だから、どんな用事でここに来たかもわからなくて、お城の大きさがいやに怖くてね。」
そこで言葉が途切れるリュカを、ビアンカは心配そうに見守った。
ここでヘンリーがさらわれてから起きたことが、リュカにとって最も辛い時間の始まりだったからだ。
「そして二度目は、ヘンリーと来た時。あの時はせっかくヘンリーの故郷に帰ってこれたんだけど、城でよくない事が起きていたからやっぱり嫌な空気が漂っていてね。」
「そのよくない事って、あのニセ大后の話かしら?」
ビアンカの問い返しに、リュカは頷いて返した。
「本来のラインハットの空気をようやく感じれて、嬉しいな。」
リュカの穏やかな顔つきに、ビアンカも嬉しそうになった。
「私は初めて来る所だけれど、とてもいいお城だと思うわ。」
二人がラインハットに来た時はもう日が傾き出していたため、その日は城下町の散策をしてから宿屋に泊り一晩を明かすことにした。
宿屋の一室の景色に若夫婦の姿があった。
「リュカの話がちらほらでてきてワクワクしたわ!だけど案外あなただって気付く人いないのね。」
城下町の人の中には、旅人の二人を見て、ヘンリーと旅をしていた若者がこの国を救ってくれた!とたいそう嬉しそうに話している人が少なくなかった。
しかし多くの人は「その若者の印象にあんたは似てるね。」と気に留める程度で、「おおあの時の!」と駆け寄ってくる者はいなかったのである。
「僕はすぐ次の旅路に出たから、あまりここでのんびりもしなかったんだよ。町の人で僕の姿をはっきり覚えている人はいないと思うよ。」
「なるほどね。ふふ、そこで自分のしたことをえばったりしないリュカが好きよ。」
そこでビアンカがいきなりリュカの体に身をもたれかけて微笑む。
突然のスキンシップと赤面してしまうような言葉に、思わずリュカはごくりと息をのんでしまった。
さて、「ゆうべはおたのしみでしたね」の言葉通りであっただろう先ほどのその後のお話は触れずにおいて、夜が明けた。
ヘンリーと共にラインハットのニセ大后を暴いたという功績を持つリュカを、城の兵士が見かけた時感謝の声をあげた。
「おお、あなた様は!」
一般の者が入ってきたなら追い返される所であるが、リュカは尊敬の眼差しを受けながら道を開かれるのである。
そうして知らぬ間にリュカとビアンカを見かけた城の使用人が、気を利かせてヘンリーに先に知らせたらしい。
ヘンリーに会うのは最後のお楽しみにとっておいた二人が城の見晴らし台でうっとりと景色を見ていた時に、彼は突然現れた。
「うわっ?!」
「リュカ、どうしたの?!って…あ!」
突然隣で大声をあげたリュカに驚くビアンカ。彼女は隣を見やってから背後の気配に気づいて目をやる。
翡翠色の髪をした青年をみて、一瞬にして誰か推測がついた。
…うわさ通りのいたずら王子…
「ヘンリー!」
リュカは少し怒った調子を混ぜながらの、再会を喜ぶ声をあげた。
「ようリュカ!元気そうでなによりだ。」
ヘンリーは無邪気な少年のそれと同じ笑顔になる。
「別にカエルが苦手ってわけじゃないけど、再会の時にこれはどうかな。」
先ほど大声をあげた原因―リュカの背に投げ込まれた小さなカエルを彼はヘンリーに見せつつ返した。
ビアンカはまさか生きたカエルを投げ入れたとは思わず、目を見開いてしまった。
「一番あり得ない再会時にやるからいいんだよ!あとな、せっかく来てくれたってのに、オレへの挨拶を先延ばしにしてるバツだ。」
「昨日ここに来た時はもう夕暮れだったんだよ。それに…今日はせっかくだから城をゆっくりビアンカに見せたいと思って。」
会話の中に突然自分の名前が出てきたため、ビアンカは少しだけびくっと肩を震わせた。
リュカはそんな彼女の肩に手をまわす。
「なんたって新婚さんだもんなぁ。ここも新婚旅行の一つにいれてくれたってわけか?」
ヘンリーはビアンカに一度目配せした時は、無邪気な少年の表情ではなく、優しく温かで別人のような表情になっていた。
なぜだか、言葉として伝えられたわけではないが、ビアンカの胸には一つの言葉がヘンリーの声音で浮かんだ。
“ありがとう”
「まあここで風にあたりながら話すのもいいけどよ、マリアがお茶をいれて待ってくれてる。部屋に行こうぜ。ほらビアンカさんも。」
二人は頷いてヘンリーの後ろをついて行った。
ヘンリーとマリアの部屋に行く前にある、玉座の間でデールとしばし挨拶を交わした。
そうしてまた階段をあがった後、部屋には落ち着く良い薫りが漂っていた。
「ようこそ来てくださいました。お久しぶりですリュカさん。そして結婚式には参列させていただきましたが、こうしてお会いできるのは初めてですね、ビアンカさん。」
流暢に丁寧な挨拶はまさしくマリアらしい。
良い薫りの正体の紅茶を淹れたティーセットを机に並べ、席へと客人を促す。
ヘンリーは迷いなくいつも座ると決めている所に腰をかけた。
マリアが再度席へ二人を促し、リュカとビアンカは顔をほころばせながらそれぞれ椅子に腰かけた。
再会を祝う優雅な時がこれから流れるであろう。
そう誰もが思うような雰囲気は、なぜかそう長く続かなかった。
まさかヘンリーの「マリアが淹れた紅茶は世界一おいしい!」の一言が引き金になるとは、誰が予想できたであろうか。
「ビアンカが用意してくれるご飯は、すごく元気がでるんだ。とてもおいしんだよ。」
ヘンリーの言葉を聞いて、思いついたように話しだすリュカのしみじみした言葉に、ヘンリーは「そりゃ気立てのよさそうな奥さんだろうからわかるさ。」と納得しつつ、それでも愛妻家の彼はその言葉に対抗するように口を開いた。
「毎日こうして決まった時間に妻が紅茶を淹れてくれるなんて、オレはすごく愛されてるよなぁ。」
「まぁ、あなたったら…。」
ヘンリーの対抗心がこめられた言葉に、マリアはぽっと頬を赤らめて照れてしまう。
「…旅をしていて大変だろうけど、ビアンカは機会があれば僕にご飯を作ってくれるんだ。すごく愛を感じるよ。」
「りゅ、リュカぁ!」
ビアンカもまたマリアと同じように、気恥しくなって照れてしまった。
マリアとビアンカは突然夫がのろけだしたとしか考えていなかったが、男達の視線の間には電流がほとばしっていた。
愛妻家としての意地の張り合いが既に始まっていたため、二人はまた妻の自慢や妻から愛情を感じる時などを披露しあうのである。
「朝起こしてくれる時なんだけど、ビアンカは二歳だけお姉さんだからしゃんとしてくれるんだ。すごく目ざめがよくて。」
「マリアはオレが起きるまでゆっくりと待ってくれてよ、そりゃもう至福の時なんだよなぁ。そんで起きたら今みたいに立派な紅茶の仕度が整っていて、幸せなんだよこれが。」
「早めに起きるとたまにビアンカはおはようのキスをしてくれるんだ。」
「ちょっとリュカ!!」
人さまの前で何を言ってるんだと動揺するビアンカ。
マリアはおろおろと男性陣を見やっている。
そんな中、またしても言葉の応酬を始め出すリュカとヘンリーを見たビアンカは、男の意地の張り合いの最中であることに気付くのであった。
「マリアさん行きましょ。」
「え?でも…。」
「今席を外してもきっと気付かないわ二人とも。男の人ってスイッチ入ると集中力がすごいの。ね、せっかくだからテラスでお話しましょ。」
「ええ、よろこんで。」
ビアンカの予想通り、二人がそっと席を立っても未だに意地の張り合いを続けている男達だった。
テラスに出た時、風を体いっぱいに浴びて心地よさそうにするビアンカに、マリアは隣にたって笑いかけた。
「ありがとうございます。」
「えっ?」
ヘンリーに少しだけ見つめられた時と同じ、温かくて優しい調子の言葉に、ビアンカはデジャブにとりつかれた感覚になる。
「リュカさんの悲しみの影が、すごく薄くなって…新たな光が私に見えます。」
「悲しみの…」
彼にまつわる悲しみと聞いて、ビアンカは不安そうな表情になる。
しかしマリアはそんな不安気なビアンカの腕をとり、微笑みかけながら口を開いた。
「ビアンカさんがきっと新しい風と光を運んでくれたのでしょう。リュカさんは前よりずっと強く逞しく…そして素敵な殿方になっておいでですよ。」
「え?わ、私…?そんな…私はただリュカの隣にいて…私が彼から幸せをもらってばかりで…。」
「夫婦なんですよビアンカさん。あなただけが恵みをもらっているんじゃないですわ。私が保証いたします。リュカさんは、ビアンカさんに救われて今の姿がおありなのです。」
マリアの淑やかにそれでも凛とした強さを持つ言葉に、ビアンカはどうしようもなく胸が熱くなった。
気付けば瞳から涙が一滴、こぼれている。
「よかったぁ…。」
「ビアンカさん?」
「私、リュカの助けになれてるんだ…。嬉しい…。もっともっと、彼を支えていきたい…。」
「ビアンカさん…。」
穏やかな風がまた、二人の乙女の体を撫ぜる。
一方、部屋に残っていた男達も、意地の張り合いはひと段落ついたようで楽しい会話をはずませていた。
「本当、お前が人並みの幸せを手に入れられて、親分は安心だ。ビアンカさんには感謝しきれないや。」
「どうしたのさ急に。」
ふざけた調子の会話の流れで突然、感慨深げにヘンリーは言葉を口にした。
「はは、こんなこと面と向かって言うのはガラじゃないよな。」
ヘンリーはまた短く声をあげて笑ってから、紅茶を口にした。
「ああ、やっぱりおいしいなぁ。」
ビアンカとマリアが部屋に戻った後は、リュカが今後の旅についてのことをヘンリーとマリアに明かした。
天空の兜を求めてテルパドールへたどり着き、その国の女王アイシスから聞かされた驚きの言葉。
父・パパスがグランパニアという国の国王であったかもしれないということ。
それを確かめにいくため、これからはさらに海を渡った新大陸へリュカとビアンカ、そして仲間の魔物達は向かうことになる。
全てを聞いた後、ヘンリーとマリアは二人とも言葉にせずとも、同じある考えが脳裏に浮かんだ。
“この夫妻には、しばらく会えなくなるかもしれない…”
そう不安な気持ちになる一方で、そのような大事な旅に出る前にこのラインハットへ足を運んでくれたことに、二人ともまた感謝するのであった。
「次会う時は子供ぐらい連れてこいよな!こっちも当然子供と一緒に迎えるからさ。」
ヘンリーの大真面目な調子に、ビアンカとマリアはそれぞれ隣の夫に目くばせして頬を赤らめる。
「できたらそう時間が経たないうちにまた会いにくるよ。」
「いつでも来いよな。」
「どうかお体を大事になさってください。お二人の旅に神の御恵みがありますように…。」
「ヘンリーさん、マリアさん。ありがとう。あなたたちを励みにまた頑張っていきます。」
ビアンカの強い言葉に、彼女の目の前にいる夫妻だけでなく、隣にいたリュカも笑顔になった。
別れの挨拶を交わしたあと、リュカとビアンカはラインハットを後にするのであった。
またそれぞれの旅路を進んでいく二組の夫婦の物語は、始まったばかりである。
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