星空の守り人
□キミと共に
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ねえ、だれかそこにいるの?――
一人の少年は星空を見上げている最中、そんなような声が聞こえて視線を平原に戻した。
鈴の音のような囁きの先には、桃色の髪の少女がいた。
「あ、ヘブン…」
少年―ヘブンは呼ばれて立ちあがろうとする。しかし少女はそれを片手でやんわりと制した。
それから決まりが悪そうに横に視線をずらしながら申し訳なさそうに口を開く。
「邪魔してごめんね。」
「邪魔だなんて、何もしてないよ、僕。」
はにかみ笑いながらヘブンが言うと、少女は首を横に振った。
「星空をすごく熱心に見ていたから。」
ヘブンは首を小さく横に振りながら言う。
「ここからはあまりよく見えないけどね。」
「城下町の近くだもの。…もう少ししたら全部の灯りが落ちてよく見えるよ。」
今はセントシュタインの城下町を出てすぐの草原に、二人はいた。
魔法使いの服装をした少女は背にしていた大杖を横に置き、ヘブンの隣に座った。
「そうだね、ティンク。」
少女の名前はティンク。ヘブンと理由あって旅をする少し謎めいた少女だった。
透き通るような白い肌に自身が住む星の色のような水色の瞳。髪は桃色だけれどキラキラと光を帯びるような鮮やかさをしている。…どこか、あの女神セレシアさまを想わせる彼女を、ヘブンはじっと見つめていた。
ティンクは見つめられていることに気づかないのか、冒頭のヘブンのように夜空を見上げていた。
「ヘブンは、あの遥か先にいたんだよね…。」
旅の仲間の中で、ティンクだけが知っている真実。ヘブンも視線を同じ方に移してから小さく頷いた。
「みんな星になったんだよ…。」
「務めを終えたのね…。」
ヘブンは遠い目つきをさらに細くして、一つでも多くの星を見つけようと懸命になった。
「ヘブン、ルーラしたら?」
突然のティンクの提案に、ヘブンはえっと小さく声をあげる。
「エルシオンあたりなんか、とても綺麗な星空が見えるじゃない?」
「う、うん。」
「改心したモザイオもどうしているかなと思って。他のみんなともご無沙汰になっているじゃない。」
「う、うぅん…」
正直いってヘブンはあのモザイオという今や生徒会長のかつての不良の少年が、少し苦手だった。
いや、人柄としては好きなのだが…
「ヘブンってばモザイオに会わせたくない感じー?」
いつの間にか真後ろにいたサンディの言葉にヘブンはせき込んだ。
「さ、サンディ!アギロさんの所に行ってたんじゃなかったの?」
何度か咳払いをしながらヘブンは抗議を込めた目つきで振り返る。
「サンディちゃんおかえり!」
サンディが次の言葉を放つより前に、ティンクが立ちあがって満面の笑みで口を開いた。
そう、他の仲間なら見えない…いや人間ならば絶対に見られないはずのサンディの存在を、彼女はなぜか認識できるのだ。…彼女は人間には違いないはずなのだが。
「ただいまぁティンクちゃ〜ん!」
サンディは自慢の羽根でヘブンを飛び越え、ティンクと手をとりきゃっきゃと騒いでいた。
「…アギロさんに言われた用事は済んだの?」
むっとした様子を体現しながらヘブンはジト目でサンディを見ていた。
「あっ、ヘブンってばもしかしておこ?やだなぁテンチョーとの用事なんてすぐ終わったし!」
サンディはにやにやと笑いながらヘブンの周りをくるっと一周すると耳元で囁いた。
「エルシオンに行ったらティンクちゃんを心待ちにしているモザイオがいるもんね〜!」
言ってからくすくすと笑いつつ意地悪く離れていくサンディ。
ヘブンはむっとしていた顔に少しの赤みを帯びさせていた。
「…ルーラしたら今酒場にいるフルーラとジュダも巻き添えにしちゃうだろ。」
二人は何人かいるうちの旅の仲間だ。酒場にて他の仲間と共に、宝の地図での強敵との勝利の祝杯をあげていた。
「え?そういうもん?」
サンディが素朴な質問を投げかけると、ヘブンは髪を乱雑にかきながら座りなおしていた。
「今パーティー組んでいるんだからそういうもんなの。二人に悪いよ。せっかくゆっくりしているところなのに。」
「そうね、屋根に頭をぶつけちゃうね。」
至極納得した様子のティンクは傍に寄ってきたサンディに微笑みかけてから座りなおした。
「それにしてもティンクちゃんはともかく、あとのみんなは何だと思って戦ったんだろうね。」
サンディは言葉を続ける。
「ヘブンの所に戻る前に酒場寄ったんだけど、戦った相手とか場所とか天使のこととか記憶が曖昧になってたっぽいよ。」
それを聞いた後、少しさみしそうな顔つきになったヘブン。彼は夜空にちらと視線を投げてから小さな声で言った。
「セレシア様の計らいだと思う。」
「超なっとく!なるほどね〜知ってても混乱するだけだもんね。」
「…じゃなんでティンクちゃんは全部覚えているわけ?」
ヘブンもこれには口をつぐんでしまった。
出会ったときからサンディが見えることからはじまり、出生も出身も本人は覚えていないと言い、今判明したようにエルギオスとの戦いの全てを覚えている。
「ま、いっか。不思議ちゃんなことには今に始まったことじゃないし。」
サンディはそう言った後、ヘブンに向き直って言った。
サンディの向こう側で、ティンクが胸を抑えつけているのが見えた。
「あのさヘブン。アンタこのまま地下に潜んでいる超強い敵たおしつづけてそれでどうするの?」
「どうするって…」
ヘブンが目を丸くしながら上下に揺れるティンクと一緒に、目線を上に下に動かしていた。
「あいつら放っときゃ地上に出てこれなそうなんだし、今世の中平和ジャン?もっと他にしたいこととかないわけ?」
「したいこと…か。」
ヘブンは皆にもう一度会いたいと願って女神の果実を食べ、こうしてサンディやアギロの存在を認識できるようになった。それまでは戦いを終えた後、地上に戻された共に旅をしていた仲間とも再会をしようとせず一人で行動をしていた。…それはティンクとも。正直いってヘブンは一番ティンクと再会するのを避けていたのだ。自分が失った力を彼女は当然持っていたままで、ヘブンにはそれが辛かったのだ。
けれど噂を頼りに辿り着いたツォの浜にてぬしさまと戦った後、女神の果実を手に入れ願いを叶え、そしてサンディに怒られたものだった。
「一人でどうにかなると思うんじゃないよ!ヘブンのバカ!みんなあんたのこと探してたんだよ!」
「あの時、僕は自分のことがこんなに小さい奴なのかってわかったよ。」
「ヘブン?」
ティンクとサンディが顔を見合わせてから声をかける。
「ティンクごめん。探してくれていたのにしばらく音沙汰なくして。」
「ヘブン…いいのよ。」
ティンクはゆっくりと首を横に振った。
「あたしがヘブンと同じ立場だったら、きっと一人でいたいって思ったよ。」
「そんなことないよ。ティンクは僕みたいにいじけることはないさ。」
「ヘブンは私のこと買いかぶりすぎだよ…。」
困ったように笑いながらヘブンを見つめ返す少女。
二人のちょうど間に浮遊するサンディは抑えた声で言った。
「アタシ酒場に戻ってようかぁー?」
ヘブンは肘でサンディを弱めに小突こうとしたが、もちろん彼女はそれを華麗に避ける。
「変なことばっか言うなって!」
「えー?アタシ超空気読んだダケなんだけどー?」
けらけら笑うサンディを見上げながら、ヘブンはハッとした顔つきになった。
「そうだ変なことといえば…サンディ、あの時言ってた自分の秘密ってなんだったんだい?」
「ちょっ、それで思い出すなんてひどすぎっしょ!」
サンディがどこからかハリセンを持ち出して、ヘブンの頭を叩いた。彼はいてっという声とともに顔をしかめる。
「なぁんだ聞こえてなかったの!」
「え、なになに?」
その場にいなかったティンクは当然興味を持ち出して聞いてきた。
「サンディ達が認識できなくなる直前去り際に自分の秘密を教えるって言ったんだ。…「ネと、に…しか聞こえなくてさ。」
「サンディの秘密?知りたい!」
「ふぅんだ、失礼なヘブンには教えてやんない!」
「気になるじゃないか。」
苦笑しながらサンディの機嫌をなおそうとするが、彼女は横を向いたままだった。
「ティンクちゃんもダメだかんねっ!言ったら絶対ヘブンに教えるっしょ!」
「えぇ…残念だな。」
ティンクも眉根をつりさげて苦笑いをする。
「はーやってらんない!ちょっと酒場にいってあの石頭からかってこよ〜っと。」
サンディがそう言いながら立ち去ろうとするも、最後にヘブンと目が合った時はなぜかしらウインクをしたのだった。
それには首を傾げながら、ヘブンは「ジュダのことからかうのはよせってー!」と声をあげていた。
返事もなくサンディの姿は見えなくなっていく。
嵐が去った後のような静寂さに包まれた平原は、心地のいい夜風が吹いていた。
「サンディと話していると楽しいね。」
ティンクが微笑みながら言うと、ヘブンは返事こそしなかったが笑って返した。
「ねえティンク。」
ティンクは笑みを浮かべながら「うん?」と返す。
「今度箱舟に乗ってセレシア様の所に行ってみよう。」
彼女の表情が少し固まるのをヘブンは見逃さなかった。
「何か、ティンクのことがわかるのかもしれない。」
「……。」
笑みは薄れ、口元はきゅっと閉じられたまま彼女の返事はない。
「僕のやりたいことは、ティンクがどこから来たのか知りたいんだ。」
「ヘブン…。」
いつものほわほわした柔らかい印象の彼とは打って変わって、強い眼差しと動じない固い態度で彼女の目の前にいた。
「私…私…」
ティンクが戸惑いながらうつむくと、伏し目がちになって言った。
「得体が知れないナニカなのかもしれないのよ…?」
「僕はかまわないよ。ずっと一緒に旅してきたじゃないか。」
優しい言葉がより辛いのか、ティンクは腕で自身を抱きしめながら首を横に振った。
「もしかしたら、魔物か何かなのかも…!」
「そんな悪いものじゃないよ、魔物は。」
「えっ」
「確かに戦う相手だったけど、僕は魔物と人間がそんなに大差あるものとは思わない。魔物だろうが人間だろうが誰かを戦う駒にしている奴らがいて、悪いのはそいつらだ。」
「……。」
二人の脳内には暗黒皇帝ガナサダイが浮かぶ。そして流れるようにティンクは自分の横においていた大杖に目を向けた。
それはガナンの王錫であり、戦いの後手に入れてからティンクの魔力を絶大に引き出していた。ヘブンとの再会後手放そうとしたこともあったが、アギロにそれは止めた方がいいと言われたこともあり、今も手元に置いている。
「僕の旅に、付き合ってくれませんか?」
突然出会った時と同じ言葉そのままをかけられ、ティンクは不意に涙腺がゆるむのを感じた。
「こんな私でよければ…」
必死にこみあげるものを抑えながら、ティンクは笑って返した。
「よかった。断られたらどうしようかと思った。」
そこまで最初の誘いのときと同じやり取りをなぞって、二人は声をあげて笑いあった。
…そしてそんな二人を城下町の門から見守っていた旅の仲間達が笑いをかみ殺して見ていた。
「あれじゃあ普通どう見てもアレのやり取りだよね。」
「そうよ、アレアレ。」
「なんだ?アレとは。」
「ジュダってばにぶいなぁ。」
「オレはわかるもんね!」
「声が大きいよ、ヴォルア!」
「わからない…。」
「みなまで言わないとわかんない?プロポーズよ〜!」
「ヘブンがしたのは旅の申し込みじゃないか。結婚の申し込みはしてないぞ。」
「…ダメだこりゃ。」
「ティンクがどこから来たのか、か。こりゃ長い旅になりそうね。」
酒場から抜け出してきた仲間達を上空から見渡しながらサンディはつぶやいた。
「アタシもちょっち気になってたんだ。ヘブンってばやるじゃん!」
つぶやきを続けるサンディ。
「アタシ的には、ティンクちゃんって…」
「天使みたいだよね。」
「え?」
「ティンクも僕みたいに、天使から人間になったんじゃないかな。」
まぁそれだけじゃサンディが見れることの説明がつかないんだけどさ…と後ろ髪をかいているヘブン。
「天使…かぁ。」
ティンクは穏やかに笑うと、星空を見上げた。
「もしそうだったら…嬉しいな。」
「そう?」
ヘブンもティンクの言葉には嬉しそうだった。
「そうしたらヘブンを一人きりにしないですむもの。」
「大丈夫だよ。僕は一人じゃないから。」
「…そうだったね。」
ティンクはまた嬉しそうに目を細くする。
「夜空を照らす星にはなれなかったけれど。」
ヘブンは大地に寝転んで一度深呼吸をした。
「こうして、みんなに会えたことが僕の運命だから。」
「でも、人もその命を全うした時、星になれると思うな。」
ティンクは言った。
「ヘブンが言うみたいに、人も魔物もそんなに変わらないのなら、天使も人もそうだと思うの。」
「そう…だね。」
ヘブンはその言葉にどこか落ち着きと安らぎを得た。
自分の運命を受け入れてはいても、最後どこへいくのかという漠然とした不安は彼を掴んで離さなかった。
ティンクは女神のように、与える言葉一つ一つでヘブンを安堵に導くのだった。
「ヘブンは一番星のように強く輝く星になれるよ。」
「…ありがとう。」
「え?」
言葉が聴き取れず首を傾げたティンクに、ヘブンは照れくさそうに笑って首を横に振った。
「それならティンクもね。」
「私も…少しでも夜空を照らせたら嬉しいな。」
座りながら自身の膝を抱え込み、顔をうめるようにしているティンクを見て、ヘブンは力強く言った。
「終わりを考えるにはまだ少し早いよ、僕らは旅をしなくちゃ。」
「そうね。それも、始まりを探す旅だものね。」
「そうそう。」
「でも。」
「いつかきっと。」
あの星空に還る日が、きっと来る。
その時は、どうかキミと共に――――