W-姫と神官
□一歩だけでも
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「あーもう!じれったいったら!!」
それは突然、鬱陶しそうに声を張り上げたマーニャの言葉から始まった。
「ど、どうしたんですかマーニャさん。」
彼女が大声をあげた時に最も近くにいたクリフトは、思わず後ずさりしながら声をかけた。
「あんたさぁー、自分のこと情けないと思わないの?」
「は、はあ…。」
「…受け答えからして望み薄だわ…。」
勝手に一人うなだれるマーニャを見ているクリフトは、首を傾げることしかできなかった。
「姉さん、クリフトさん困ってるでしょう。適当なこと言ってないで、伝えたいことを言葉にしてちょうだい。」
すかさず助けの船をだすマーニャの妹、ミネア。
「そうねぇ、あたしもさっさと本題に移りたいんだけどさぁ。」
そう言ってからマーニャはおもむろにブライに視線を向ける。
今の状況を説明すると、勇者率いる旅の一行は今、キングレオを見事打ち倒しライアンを仲間に迎えた直後であった。
さっそくライアンに戦線に立ってもらっているというわけで、クリフト、マーニャ、ミネア、ブライの四人は馬車で待機をしているのだった。
一段と大きな轟音が響く。それと一緒に、トルネコの痛みを訴える声も馬車まで届いた。
心配そうに出口で見守っていたミネアがすぐ外に出れるように準備を始め出した。
「どうしたの?」
マーニャが尋ねると、ミネアは緊迫した顔で言った。
「ちょっと大勢の魔物に囲まれてしまったみたい。トルネコさんが痛手を負ってしまったようだから、私が行かないと。」
「姫様…!」
それを聞いたクリフトがすぐさまミネアの隣までより、外を見る。
なるほどトルネコがかなり危ない状況である。
けれどクリフトが案じたアリーナは最前線で俊敏に動いている。
トルネコには申し訳ないが、とりあえずクリフトは胸をなでおろしていた。
「そりゃぁまあ、あのバランス悪いメンバーじゃあそうなるでしょうよ。呪文使えるのがソロだけだなんて。」
そこまで言ったマーニャは、とてもいいことが思いついたようににたあと笑いだす。
それを見たミネアは思わず壁際まで後ずさった。
妹として近くにいたミネアは、マーニャがこの表情をした後に起きるのが面倒事であることをしっている。
「ソロぉー!トルネコが大変そうだからこっちのメンバーと入れ替えるわよぉー?いいでしょー?」
戦いに集中していたソロは、トルネコにまで気を配れなかったようで、すぐさま身ぶりで「かまわない」という意思表示をしていた。
「それじゃ行ってくるわね姉さん。」
「あーん、ミネアは今はいいのよ。トルネコが帰ってきたらあんたがベホイミしてあげなきゃ。」
すぐさま外にでようとしたミネアにしがみついて止めるマーニャ。
それを見てすぐクリフトが「では私が。」と立ち上がろうとしたが、マーニャはブライに目を向けた。
「さ!おじいちゃん出番よ!」
「わ、ワシか?」
こっそりうとうとしていたブライは水に打たれたような顔をしている。
「今おじいちゃんが出ていったらヒャダルコがすっごくありがたいわよ!」
「ふむ、そう言われたらワシが行くしかないのう。」
美人のマーニャが瞳を輝かせておねだりしてきて、挙句に褒められれば乗らない他ない。
ブライは呆然とするミネアとクリフトにかまわずいそいそと馬車を出ていった。
それと同時に、トルネコがよろよろと馬車まで駆け寄ってくる。
ミネアは内心、今の状況で呪文要因を入れるなら自分かクリフトのように回復や補助も覚えている者が行った方が得策ではと思っていた。だからマーニャの言動が不可解で仕方がない。
戦況をのぞいてみれば、まあまずまずで取り返しのつかないことにはならないだろうから、ミネアは文句を言わずトルネコの傷を癒すため呪文を唱えた。
「うふふ、これで思う存分本題ができるわ。」
「よしてよ姉さん、ブライさんをまるで邪魔者みたいに…。」
しかめっ面でミネアが言うのをマーニャは全く気にせず、にじり、とクリフトに寄る。
「で、さっきの話の続きだけど。」
「なんでしょう…?」
ミネアと同様、疑問符を浮かべながら事を見守っていたクリフトは少したじろぎながら尋ねた。
「じれったいんだよね。あんただって男なんだからもっとガツーンと…」
「ほう?クリフトさんとマーニャさんはそういう関係だったんですか?!」
すっかり元気になったトルネコが目を丸くして目の前の光景を眺めている。
マーニャが何をしたいのか察したミネアは苦笑し、クリフトもまたぎょっと目を丸くする。
マーニャは「違うー!!」と大声で否定した。
「クリフトとあたし、じゃなくて!クリフトとお姫様、よ!!」
「な、ななな何を言ってるんですか?!」
トルネコの誤解による発言よりも、クリフトはマーニャの言葉に度肝を抜かれた。
「あら照れることないじゃない。あんた鏡見たことないでしょ?お姫様を見てる時の自分の顔。…ていうか目の色。」
「っ……!!」
クリフトはすかさず腕で自分の口元を覆うようにして、赤く染まった頬を隠そうとした。
しかし、目元が見えるだけでもすっかり彼が図星をつかれた反応をしていることが容易に窺える。
「姉さん…。」
ミネアは声をかけようとしたが、「いやもう何も言うまい。」と諦めたように首を横に振る。
青年のクリフトに目をつけていたマーニャが、彼がアリーナを一途に慕っていることに気付くまで時間はかからなかった。
「クリフトはやっぱりアリーナが好きなんだ」「ほら今あんなこと言った」と随時彼女から報告を受けていたミネアは、近いうちにこうなることは確かに予想できた。占わずとも。
「わ、私は神官です…!神に仕える者としてそのような…。それもまさか主君の姫様にそんな罰当たりな…!!」
「ふぅん、自分をいじめるようなこと言っちゃって辛くないの?」
切れ切れに訴えるクリフトに対して、さらっと何食わぬ顔で返すマーニャ。
「憶測で物を言うのはおやめください。私は結構ですが、姫様に迷惑をかけるようなことはくれぐれも。」
「だからこうしてアリーナもブライもいない状況であんたに言ってんじゃないの。」
憶測じゃないんだけど、と思いながらまたもマーニャは軽快に返した。
「まあこうやって押し問答してても始まらないから話進めるわよ。…といっても、私の言いたいことはもうさっき口にしてるんだけどね。」
クリフトが少し首を傾げると、マーニャは再び同じ言葉を口にした。
「あんたさぁー、自分のこと情けないと思わないの?」
「…。」
思わず言葉を失うクリフトであった。
冒頭のマーニャの言葉が、アリーナに関わることだとわかった彼は何も言い返せない。
そう、彼女の言うとおりだと思ったから。
「ライアンって頼もしいわよね。」
そこでクリフトは異様にびくりと反応する。
案の定の反応を見て、マーニャはくすりと笑いを漏らした。
「アリーナがいつだっけか私とミネアに話してたわ。強い人に興味がある。もし結婚ってなったら自分より強い人じゃなきゃって。」
こんなこと、少しの間だけ旅を共にした自分より、ずっと城で彼女といたクリフトの方が重々知っていることだろう。
クリフトの冷や汗ぶりを見てからマーニャは詫びるように言葉をつづけた。
「っていってもねえ、ライアンじゃぁアリーナの父親ぐらいの年だもの。」
これまたマーニャの想像した通り、ほうと一安心するクリフトの様子が見れた。
「姉さん、そろそろ町につくわ。」
ミネアが忠告するように声にする。
マーニャは腕を伸ばして嬉々として馬車を出ようとした。
去り際、いたずらっ子のように微笑みながらマーニャは言った。
「おかたい神官らしいけど今は旅してる身でしょ、自由にしたら?」
マーニャの行動を自分が抑制しなくては、と続けて馬車を降りようとするミネアもまた、去り際クリフトに声をかけた。
「ごめんなさいクリフトさん。姉ってじっとしていられない性格なの。どうかうまく聞き流してあげてください。」
トルネコは場違いだったなぁ、なんて呟きながら髪をわしゃわしゃとかいて出口に向かう。
彼も先の二人の行動をなぞるように、去り際に一言声をかけた。
「若いとは、いいですなぁ。」
トルネコが降りて一人残されたクリフトは、そっと自分にしか聞こえない声で呟いた。
「…そんないいものでは…」
言いかけてから、溜息で言葉を濁す。
「それに、聞き流すなんて…できないですよ。」
他でもないアリーナのことなのだから。
かといって、マーニャのアドバイスのように自由にするなんてできない。
旅をしているから神官でない自分になるなんて、そんな道理はないはずだ。