W-姫と神官
□秘密の終わり…夜明けにて
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「クリフト…あたしが戻ってくるまで死んじゃだめだよ…。」
「…ひめ…さま…私なぞのために…危険なことはなさら…ず…」
「姫、どこへ行かれるのですじゃ!」
「すぐ戻るわ!!」
「姫さま!!?」
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「そうか、そのちょっと後にオレ達がミントスに来たってわけなのか。」
旅路を行きながら一行は、ブライから改めて詳しいいきさつを聞いていた。
クリフトを苦しめた病気は、勇者ソロがパテギアの種をなんとか洞窟からとってくることができ、そしてソレッタで育てたパテギアの根っこを与えることで完治したのだった。
病み上がりということもあり、クリフトは馬車で休みながらの旅路であった。
それに付き添うように、アリーナもクリフトが馬車にいる時は一緒にいるようにしているらしく、今も二人は馬車で休息を取っているのである。
「…それにしてもさあ。」
マーニャがにまにまと笑いながら旅路を歩く。
「やめてよ姉さん。」
「まだ何も言ってないじゃないのっ!」
妹ミネアのどうせ悪だくみだろう、という意味を含めた冷めた言葉に少しだけ頬を赤らめながら、マーニャが抗議を訴える。
「どうしたんだよマーニャ。」
ソロが話を続けようとマーニャに振る。
彼女は息を整え直してから、くすり、と笑って口を開いた。
「怪しいと思わない?」
「何が?」
含みを持たせる言葉に、ソロは先をせがむような瞳で見返す。
「よしてったら姉さん。」
「だからまだ本題言ってないでしょ!」
またしてもミネアの抑止にマーニャは大声を張り上げる。
「どうしたのマーニャ?」
不意に馬車からソプラノの声が聞こえてきた。
それには必要以上にぎくりと体を震わせる彼女。
「な、なんでもないのよぉ〜。おほほ。」
「そう?ならいいのだけど。」
すぐさままた馬車に引っ込む声の主アリーナ。
マーニャがそれを見届けて、ふぅ、と胸をなでおろしていた。
「アリーナが絡んでるのか?」
ソロは一連の流れを見て、馬車を指さす。
「えへへ〜。あたり。」
「なんですと?!」
ソロの指摘に笑って返すマーニャ。一番に反応を示したのは後から続いてくるブライだった。
「我が国の誇り、姫様の何が怪しいというのじゃ!!」
いきまくブライに、マーニャは両手をあげてなだめだす。
「違うわよ、アリーナ自体のことじゃないのっ。」
「もしかしてあれを本気でやる気なの、姉さん?」
いよいよ本題の内容を察したミネアは、低い声で言った。
言いながらブライの表情をちらちらと窺っている。
「おいおい、話が見えねえよ。どういうわけなんだ?」
しびれをきらしたソロがまたしても声をかける。
マーニャはくいっと馬車を指さした。
「アリーナって戦うことが大好きっていう珍しい女の子じゃない?」
「…ああ、すっげえ強いし、おったまげたよ。」
頷くソロに、マーニャは一本指をたてる。
「お姫様っていう御身分もあるんだから、疲れない限りずっと前線に立ってそうでしょ?おじいちゃんが何度注意しようがかまわないってぐらいに。」
「…ほう、よく姫様の性分をおわかりじゃな。」
今度はマーニャの言葉に関心するブライ。
そこでいよいよとばかりに話に展開をだすマーニャの表情は生き生きとしていた。
「それがどうしてクリフトが馬車に引っ込んでると、自ら進んで寄り添ってるのかしら!おかしいと思わない?!」
「…それって、あの二人がデキてるってことか?」
ソロがおそるおそる話の本筋を確かめる。
マーニャは察しのいい彼に、ご満悦の表情だった。
「そうそう!でもさぁ、ガードが固いのかしら、中々これといった確証は得られてないのよ。あの二人デキてるんじゃないの?っていう匂いはプンプンしているのだけど。」
「へぇ、あの二人がねぇ…。まぁ納得いくっちゃいくなぁ。身長差が結構あるわりに年も離れてないし。…でもアリーナは姫で、しかもクリフトは神官だぜ?それって国的にどう…」
そこまで言いかけて、視線の片隅でぷるぷる震える小さなものにソロは気付く。
「…な、なんたることじゃ………」
「お、おじいちゃん?」
マーニャが予想外のブライの反応にたじろぎ後ずさる。
「姉さん……、この話をするならトルネコさんがいた時の方がよかったかもね。」
「だってぇ!おじいちゃんなら何か聞けると思ってさぁ…」
「おい、ブライ大丈夫?」
マーニャの言い分の後、ソロはおそるおそるブライに声をかけた。
「おのれクリフト……姫様をたぶらかすとは命知らずめ…!!」
「お、おいおい、神官の氷漬けなんでオレは見たくねぇぜ…?」
横目でマーニャに「どうしよう」と視線で訴えつつ、ブライをなだめる。
「ブライさん。」
しかしマーニャに代わってなだめ役を買って出たのはミネアだった。
「なんじゃ?!」
相当御立腹のようで、ブライはしゃがれながら大声を出す。
これではまたアリーナが外の様子をのぞきにくるのではとひやひやしながら、ミネアは平静を装って声をかけた。
「まだ噂段階の話ですよ。姉さんが言ってたでしょう?確証はない、と。早計はよくありません。全て確かめてから行動を起こされた方がよいかと。」
「う、うーむ。…それもそうじゃ。」
「で、でもミネア…あんたもあの二人デキてると思ってるんでしょ…?しかもその理由は占いだっていうし…。二人がベタベタしてる現場を見られないだけで、ほぼありえている話なんじゃ…」
小声でミネアの耳元で話しかけるマーニャ。
「この場で衝動的にブライさんが行動を起こして、クリフトさんに危害が加わってしまっては厄介です。ひとまず冷静になってもらいましょう。…それに。」
ミネアも小声で返す。
ソロは空気を読んで、ブライが姉妹の会話に気付かないように老人に声をかけ続けていた。
「こう言っておけば、事実がどうかを確認することにブライさんも協力的になってくれると思うのだけど。」
「…あんたって、天才よミネア…!」
マーニャが感激に打ち震えている中、ミネアは「ありがとう」と短くお礼を言って、ブライに改めて向き直った。
「それでブライさん、城での二人の様子はどうだったんですか?」
「姫様とクリフトか?ふーむ。姫様は幼少の時から恋愛のように女子が興味を持つ話の類には見向きもせず、武道に打ち込んでましてなぁ。将来の結婚はどうなることやらと気をもんだくらいじゃった。」
容易に想像がつく話に、一同は小さく声を漏らして笑った。
「姫様が恋愛事への関心がなかったのは確かじゃが…。言われてみれば、クリフトにはその気があったのかもしれんのう。」
「へえ。ところでクリフトはいつから城にいたんだ?確かサントハイムの王様がお抱えの教会の神官なんだよな?」
「姫様が三つにもならんうちに、城で住み込みをして修道をしておったぞ。」
「うわっ、そんな小さい頃から聖書を読んだりするの?…あたしだったらと思うと寒気がするんだけど。」
マーニャのはさんだ言葉には返さず、ブライは言葉を続けた。
「それで、城にいる子供は少なかったのとクリフトが心底真面目な奴であるのをかわれて、城に来て早々、あ奴は姫様の遊び相手となっていたんじゃ。」
「そうだったんですね。」
案外ミネアも二人の関係への関心が強いのか、深く頷いて聞いていた。
「もちろん何か間違いが起こらぬようにと姫様が十の誕生日を過ぎてからはクリフトには神官の仕事に集中してもらうようにしたのじゃが。」
「つまり幼少期はべったり一緒だったんだー。そりゃもうぞっこんじゃない?キスぐらいしてそうよね!」
勢いよく言ってから、ソロとミネアからの冷めた視線を感じてしまったとばかりに口をふさいだ。
見ればブライは再びわなわなと震えてしまっている。
「…この目で見るまで、わしは信じませんぞ!!姫様があのような…」
大事に見守ってきたアリーナを想い怒りに打ち震えたが、しかしブライはその先を言うことはなかった。
正直、何かにつけて不満を言おうと思ったのだ。
しかし、その不満の要素が、気付けば「身分違い」という事実以外、見当たらなかったのである。
つまりはクリフト自身に何か問題やアリーナにふさわしくない要素はないことに、ブライは気付くのだが、あえてこの事実から目をそらすことにした。
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