W-姫と神官
□絆のはじまり
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「…本当にこれでうまくいくのか?」
ソロがぽつりと言葉をこぼす。
しかし、彼以外の集まった面々は満足そうに頷いているのであった。彼らの顔を見回すと、それ以上自分は何も言えない。
「じゃ、作戦は夕ご飯時にやるわよ!」
マーニャの掛け声に、威勢よくトルネコとミネアが腕をつきあげて応える。ソロも「はは…」と苦笑を洩らしながら控えめに腕をあげている。
―クリフトとアリーナは絶対恋人同士だ!!
という、モンバーバラの姉妹の推測。
これが事実か否かを確かめる為、ソロとトルネコを巻き込んで彼女達が行うのは…
クリフトがアリーナに迫る場面を用意するという、ブライの怒りを爆発させることは必至のものだった。
さてそんな一方で、マーニャ達の異変に気付き、また彼女達の思惑も宿屋の壁越しで確かめたクリフト。そして彼の秘密の恋人アリーナ。
昨晩たっぷりと恋人の逢瀬の時間を楽しんだ余韻のせいか、クリフトですらその翌朝はすぐに起きられずにいた。
「クリフト、早ぅおきんか!」
ブライが持っていた杖を何度も床に打ち付ける。カッカッ、と不機嫌な老人の感情をそのまま擬音にしたような物音が部屋に響いた。
しかしクリフトは「うぅ〜ん…」とまだまどろんでいる最中である。
「…はて。」
ブライはそこで首を傾げた。
いつもなら年を重ねたせいで早起きになってしまった自分に、負けず劣らず早起きの彼。
それというのも神官の日課のお祈りの為に、彼は毎日早起きなのだ。
しかしそんな日課もブライの小言も構っていられない、とばかりのクリフトの様子に、ブライは段々と心配になっていった。
“そうじゃ…まだクリフトは病み上がりなのじゃからなぁ…”
「…今日はそう遠くにいく予定ではないらしいから、もうちょっと寝ている方がいいじゃろ。な、クリフト。」
ブライはそう声をかけて部屋をおとなしく出て行った。
クリフトは未だまどろんでいて、むにゃむにゃと寝言のような言葉がこぼれている。
ブライの耳が遠かったことに救われた。
彼の口から零れた言葉の一つ、それは…。
「ふふ…そんなかわいい声でダメと言われても…姫様…煽られてしまいますよ…」
未だ夢の中でアリーナとの夜を反芻しているクリフトだったのだ。
「おはようございますブライさん。」
ミネアが宿屋のロビーにて静かに本を読んでおり、姿が見えたブライに声をかけた。
「うむ。」
「あれ、クリフトは?」
いつもはブライと同じ頃に起きているクリフトの姿が、今日はない。
旅の仲間の中でいえば早起きの部類に入る一人のソロは、少しだけ驚いて思わず尋ねた。
「疲れたのか、はたまた病気が後をひいているのか…理由はわからんが、起きるのにはまだ辛そうじゃったから、寝かせておる。」
「それは心配ですね。」
ミネアも気遣うような表情になった。
もしここにマーニャがいれば「えー?!元気でいてくれなきゃ困るわよう!姫様に迫ってもらわなきゃいけないのにー。」
と大声で言いだしていたことだろう。
「オレちょっと様子見てくる。」
ソロは少し気になったため、クリフトとブライが泊まった部屋へ歩き出した。
彼がそろそろと部屋に入ると、意外にも慌てて身支度を始めようとしているクリフトの姿があった。
「あれ、起きてるじゃんか。」
「あ!おはようございますソロさん。…ブライ様、お怒りでしたか?」
どうやらブライが立ち去ったあと、わりと早めにクリフトはまどろみから意識が覚醒したようである。
少し動揺しながら聞いてくるクリフトに疑問を覚えつつも、ソロはなんてことない表情で「いいや、全然?」と返す。
それを聞いて、クリフトは胸をなでおろした。
「…よかった…耳が遠かったから聞こえなかったのか…」
ソロの耳にはしかと届いたクリフトの独り言に、また「うん?」と疑問を覚える。
それから目をこらして寝巻からいつもの服装に着替えようとするクリフトを観察しだした。
…そしてすぐさま、「…あ。」と呆けた声が意図せずでてしまう。
「はい?」
クリフトは振り返った。
ソロの目が点になっていて、次第に気まずそうな表情になってから不自然に会釈される。
彼の視線は、クリフトの鎖骨と首筋にいっており、クリフトもその視線を辿ってみた。
「!!!」
途端にガバッ、と勢いのいい音をたてながら途中までボタンをかけていなかった合わせ目を引き寄せる。
女性が羞恥心で胸元を隠す動作に似ていたが、クリフトの行動の意味はまた別のものだった。
ソロの視線の先にあったもの。それは昨夜の情事の激しさを物語るキスマークだった。
「これは…ですね…」
ブライになら、「虫にくわれました」でごまかせるのだが、さすがに同世代のソロには通じないだろう…。
ダラダラと冷や汗を流しながら考えをめぐらす中で、「待てよ」という声がする。
…そういえば、そもそもソロさん達はもう私達の関係を怪しんでいて…。
そして、それを確かめる作戦にのっかってバラしてしまおう、とアリーナ様は提案していた…。
そこまで考え付くと、もう秘密にする必要はないんだと安心し思わずため息をついた。
「ハハハ、なんとも間抜けな形で見つかってしまいました。」
クリフトが頭をかきながら照れくさそうに笑う。
「いやー、お前とアリーナが恋人だろうって話はしてたけど…やることやってたとはな。」
興味深そうに頷いているソロを見て、クリフトはむっとした表情になる。
「変なふうにいわないでくださいよ。」
「ああ、悪い。…うーん…それにしてもアリーナってもう処女じゃなかったんだ…」
「ソロさん!!!」
今度はアリーナが思考の対象になっている事に気付き、クリフトは怒りを含んだ大声をあげる。
驚いたあまり言葉を返せないソロを一瞥してから、クリフトは顔をそらした。
「…姫様を、邪な目で見ないでください。」
「まず謝るよ、ごめん。でもアリーナに対してやましいこと考えたんじゃないんだ、ちょっと驚いて思わずポツリと。な?」
あまりにも恐ろしい雰囲気を醸し出すクリフトに、相手はザキを習得している神官なのだと改めて気付いたソロは、冷や汗を一滴流しながら謝罪と弁明をした。
「私も、ムキになってしまいすみませんでした。」
クリフトも、アリーナ絡みのこととなると自分の感情を制御しきれないのだろう。自分自身に対する溜息をついたあと、彼も詫びの言葉を口にする。
「どうしたの二人とも?」
気付けばそれなりの時間が経っていたようで、いつも遅めに起きてくるアリーナが、寝巻のままではあるがひょっこりと扉の所から室内をのぞいていた。
「姫様、」
「おはようクリフト。あれ、昨日の相部屋はソロだったっけ?いつもはじいよね。」
「ソロさんは寝起きの悪い私を心配して見に来てくださったところなんです。」
簡潔に状況を説明するクリフトに、アリーナはまだ疑問符を浮かべていた。
「そうなの?じゃあさっき、クリフトの大きな声が聞こえたけど…あなた寝ぼけてたの?てっきりケンカしてたのかと思ったわ。」
「ああ、それはオレが変なこと言っちゃったんだよ。」
ソロが後頭部をぽりぽりとかきながら苦笑する。
「変なことって?」
アリーナの問いに、二人の青年は気まずそうに目配せをする。
そんな二人を見比べたアリーナは、むぅと頬を膨らませた。
「クリフト、おっしゃいなさい!」
「い、いえ、そんなわざわざ申し上げることのほどでは…」
「隠し事なんていや!」
「そんなつもりは…」
ほとほと困り果てるクリフトに、助け舟をだそうとソロが割って入った。
「よせよアリーナ、あんまり恋人を困らせちゃダメだぜ。」
「え?」
びくっと体を揺らして固まった乙女を見て、「しまった」と口を自分の手で覆うソロ。
「姫様、すみません…。私の不注意で…」
頭を下げるクリフトを見てから、アリーナは昨夜の彼との会話を思い出して首を横にふった。
「い、いいのよ!そもそも私達のことは秘密にしないって決めたんだもの。」
いつもの彼女の力強い笑顔が戻ってくる。
「え?秘密にしないって…どういうことだ?」
クリフトとアリーナのことは計画によって明らかにしようと算段する場にいたソロは、首を傾げてしまう。
そこでクリフトは、とっくにマーニャ達の計画には気付いていて、二人の関係はもう秘密にするのはよそうという結論をだしていたことを説明した。
「そうだったのか。」
ようやく得心がいったとばかりにまたしても深く頷くソロ。
「こっちがトリックしかけたつもりが、あべこべだな。」
あはは、と声にだして笑ってからソロはにっと少年らしく歯を見せてまた笑う。
「せっかくだからオレはこのことまだ黙っておこうっと。」
「え?ソロから他のみんなに教えていいのよ?…じいには気をつけた方がいいかもだけど。」
アリーナはきょとんと首を傾げる。
「まあまあ、乗りかかった船だ。最後までやろうぜ。マーニャがせっかく張り切ってるってんだ。あっつーいキスの一つや二つ拝ませてやれよ。」
それを聞いて頬を赤らめるアリーナ。
「ソロさん。」
じろりと睨みをきかせてくるクリフトに気付いたソロは、「んじゃ先に朝飯食ってるから!」を口実に慌てて部屋を出ていくのであった。
「…そっか…あたし達、みんながこっそり見ている所でキスしなくちゃいけないんだ…。」
アリーナは口元を覆って、真っ赤な顔を見られまいと俯いている。
「提案されたのはアリーナ様ですから、私はしっかりとさせていただきます。」
さらりと、逃げ道をなくしてみせるちょっと意地悪なクリフトであった。
「わ、わかってるったら!ここまできたら後には引かないわよ、私。」
うぐぐ、としり込みながらも、勝気な性分でひくにひけない言葉を自分から言ってしまう。
「ねえクリフト、そういえばあなたの不注意でソロに知られちゃったって言ってたけど、どうしてそうなったの?」
アリーナが一つ胸に残った疑問を確かめるべく尋ねる。
クリフトはぽりぽりと頬をかいてから、照れくさそうに胸元のボタンを、鎖骨が見える程度まで外した。
「これを見られまして…。」
「…そ、そうだったの。」
思わずどもってしまったアリーナに、クリフトは自分の照れを忘れて、くすりと笑みをこぼした。
「あ、でもそれならあたしにもついてるよね?じゃああたしとクリフトが二人で見えるようにすればみんな気付くってことかしら」
「そ、それは断じてダメです!!」
アリーナの思いついた言葉に、全力の勢いでぶんぶんと首を横に振るクリフト。
「実際にはやらないわよ、それにそんなに焦ることないじゃない?」
あまりの形相にアリーナは目を丸くしてから言った。
「…あなたのどこに、この痕が残っているかご存じですか。首筋や鎖骨にはつけないように我慢していたんです。」
「え?」
いつも身につけている服装なら、胸元の露出はなくまた首元を覆う布を纏っているため、クリフトの気遣いは余計なものではないか、とアリーナは思った。
だからこそアリーナは見られることを気にしていなかったため、クリフトにはそういうところに痕が残っていたわけなのだが。
「…背中ですよ。そんなところ、他の連中にとても目にふれさせたくないです。と、いうよりダメです。絶対に。」
いじけた子供のような口調でありながら、表情は真剣そのものでさすがのアリーナも僅かながら怖れを覚える。
その後二人は、空腹に気付き朝食をとるため皆と合流するのであった。
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