X-幼馴染の夫婦

□ぬくもり
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「いててっ。」

足をすりむいてしまったリュカは、少しだけ声をもらした。
すぐに父パパスを思い、こんなことでたじろいじゃだめだ、と自分に言い聞かせる。
「あらリュカ。怪我しちゃったのね。」
後ろからついてきたビアンカは、すぐに駆け寄ってくれる。
薄暗いレヌール城の中、幼い二人はおばけ退治にきていた。

「うわあ、痛くすりむいちゃったじゃない。」
足をまじまじと見定めたビアンカは、おなべのふたを脇においてしゃがみこむ。

「だ、大丈夫だよこれくらい。」
リュカは意地をはるつもりではなかったが、反射的に足を引いて隠そうとしてしまった。
「だめよ、無理しないで。痛いんでしょ?」
ビアンカのお姉さんぶった調子にリュカもついつい反抗的になってしまい、大声をだそうとした。
「痛くなんか…」
「あたしだったら我慢できないもの。」
「……」
気付けば見上げてくるビアンカの表情は、不安でいっぱいだった。
リュカはそのままビアンカから目をそらすことができぬまま、またずきりと傷口が痛んだため顔を歪めてしまう。
ビアンカはリュカのそんな様子を見てからはっとしたように、袋をごそごそとあさりだすのであった。
「傷が痛む時はね、こうするといいのよ。」
「うん…」




そんな幼い日の一幕を、ふとしたはずみにリュカは思い出していた。

あの時ビアンカが薬草で傷をいやしてくれたこと、ありありと感覚がよみがえってくる。

「どうしたの、リュカ?」
サラボナでみごと結ばれた二人は、今日も旅路を進んでいた。
滝の洞窟で彼女と旅していた時は、先のことばかり考えて焦っていた。
でも今は…ビアンカと永遠を誓った今は、真っ白な未来を思うも温かな思い出を追想するのも自由にできる。

そんなことで、何気ない幼い時の彼女とのやり取りを、最近になってリュカは気付くように思い出すのであった。
「うん…あんなことがあったなって。」

「また何か思い出してたの?」
リュカが頷いて返すと、ビアンカは頬をほのかに赤らめて照れ出してしまった。
「どうしたのさビアンカ。」
そんな彼女の様子にリュカも多少照れながら訳を聞く。
するとビアンカは自分の頭を軽くこつんと突きだすではないか。
「小さい時のあたし…とてもお姉さんぶっててわがままだったじゃない?恥ずかしいのよ…。」

「そりゃ、ビアンカは僕よりお姉さんだったのは確かで、物知りだったからね。でもわがままだなんて思わなかったよ。」


「ほ、ほんと?」
「ああ。」

「…ありがと。でも…あ〜っ!もうどうしてあんな風にしちゃったのかしら…特に他の子よりリュカとなると…はあ…。」

彼女は彼女で何かを思い出してるらしく、まごまごしてしまっている。
彼女はリュカに申し訳ないのと恥ずかしいのとで心苦しいのかもしれないが、リュカは彼女から聞こえた言葉に少しのぼせる想いだった。

「そんな時から僕のこと…特別に見てくれてたのかな。」
ちょっとだけ大胆に踏み込んでみると、案の定彼女は真っ赤な顔になってしまう。
「え、う?…うん、そうね。会えない時ずっと思う人は、リュカだったもの。小さい時こそ気付いてなかったけど、どんどんわかったの…リュカがあたしにとって特別だって。」
それを聞いたリュカは少し驚いたように目を丸くしてから、また朗らかに笑いだした。
「会えない時はあんなに長かったのに、どうしてこうも似てるんだろうね、僕たち。」

「リュカ?」
不思議そうに首を傾げるビアンカに、リュカもまた照れくさそうに髪をかく。

「僕もずっと、会えない時に思い浮かべてたのは君だったよ。だから、僕の中で君がとっても大切だってことわかったんだ。」
父親のことを思うには、あまりにも辛い奴隷時代だった。
死んでしまった大切な父を思うと、自分の目の前にもただ死が待っているような気がしてしまった。
…パパスがリュカに遺した言葉―託した想いが彼の生きる力になっているのは言うまでもない。
それでも、ヘンリーが先に寝静まってしまった一人の夜にパパスを思うのは、孤独以上の闇に身を投じていくような感覚になってしまう。
だからきまってそんな時リュカは、いつもいつもビアンカを思っていた。
彼女の笑顔、優しい言葉を思い浮かべるたびに、また会いたい…そんな想いが強くなる。
パパスが遺してくれたもの、ビアンカが待っていてくれているかもしれない見えない未来がリュカの希望だった。

一行はまた旅路を進んでいく。

ある草原で一休みしている間、リュカはじきに船での旅を始めようと思案していた。
一度行ったことのある町はもうすぐ全てまわりきる。
あとは、新天地に向けて旅立つのみ。
そんなことを考えてから、ビアンカに考えを話した。
「ええ、そうしましょ。ルドマンさんには感謝してもしきれないわね。」
「ああ、僕達に船まで用意してくれるだなんて、あの人は本当にすごい人だ。」
「ねえリュカ。今までリュカが旅してきた所を巡るの、あたし楽しかったわ。…その、新婚旅行、みたいで。」
そんな一言でしどろもどろになってしまう二人は、初々しさそのものだった。
…と、仲間の魔物達は遠目で見守っている。

「ビアンカの言葉にドキドキしっぱなしで僕はちょっと疲れたかな。」
「えっ、あたし…そんな迷惑なこと言っちゃたの?」

からかう冗談調子のリュカの言葉に、ビアンカは真剣に返してしまう。なのでリュカはすぐに慌てているビアンカの頭を撫でてあげた。

「ごめん、冗談だよ。でもドキドキしっぱなし、ってのは本当だよ?」

「それは、あたしもずっとときめいてたわ。」
自分で言っておいて恥ずかしくなったようで、ビアンカは手で顔を隠してしまう。

リュカの胸中では、彼女が無邪気な様子で言ってきた破壊的な一言がよみがえっていた。

“うふふ。子供ってかわいいね。私も欲しくなってきちゃったな。ねっ…あなた!”



「…そんなこといってどうなってしもしらないよ。ほんとに僕頑張るんだから。」

「どうしたの急に?」
独り言だろうかと思いつつ、ビアンカが小首を傾げる。
「ん、独り言。」
「そう?それより、今度の所では船旅に向けての用意を考えながら買い物しなくちゃね!」

ビアンカは何を買おうかしら、と考えていることが楽しそうだ。
リュカはこれから待っている旅がどのようなものかわからず不安も大きかったが、不思議と熱に解かされるようにその気持ちが和らいでいく。

太陽のような人を好きになった。
好きだからその人が太陽なのか。

「どっちも、かな。」

「また独り言?」
「あ、うん。」
「ふうん…リュカってば秘密多そうだもんね…」

ちょっとだけいじけているビアンカに、リュカは笑いかけてそっと耳元に口を寄せた。
「君が好きってことがね、ついつい口から出てしまうんだよ。」

さてさて、この新婚夫婦はいったい何回頬を赤らめればいいことでしょう。

仲間の魔物達はそう考えてから、また先導をきる二人についていくのでした。

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