X-幼馴染の夫婦

□朝日の思い出
1ページ/1ページ

「ねえねえ、僕達のお母さんはどんな人だったの?」

黄金色の髪を一つに結んだ少年が、何か物をねだる表情でリュカに尋ねた。

「教えてくださいお父さん」

少年の隣に立つ同じ髪色をした少女も、リュカの服の裾をそっとつかんでせがんでいる。

少年の名はティミー。天空人の血を引き継ぐ、伝説の天空の勇者である。だが彼はまだ八歳という幼さであった。
生まれた後からずっと逢うことが叶わなかった両親のうち、父親と旅をすることができることをティミーは心の底から喜び、必要がなければリュカの傍を離れようとしなかった。
少女の名はポピー。勇者ティミーの双子の妹であり、魔物と心を通わすことのできる優しい女の子である。彼女も兄と同様、父親といることを照れながらも嬉しく思い、なるだけリュカと手をつないでいようとしていた。
双子の関心は今、まだ見ぬ母―ビアンカに強く向いている。


エルヘブンから天空への塔の道中、リュカはこの手の質問を何度も受けていた。

無邪気に瞳を輝かせる子供達を愛おしく思う中で、こんなに可愛い我が子が母親と引き離されている悲しい運命を思うと、胸がずきりと痛んだ。


「お母さん…ビアンカはね、ティミーとポピーと同じきれいな黄金の髪をしている人なんだ。」

「えへへ、きれいだって。」
双子は顔を見合わせて、お互いの髪を触りあいっこして笑顔になる。
そんな温かな景色を見守り、目を細めてリュカは言葉を続けた。

「しっかり者で、強くて優しくて…そんな人だよ。」

最愛の人のことになると、我が子相手でも止まれないくらいの勢いで語り出してしまうだろう。

リュカはあえていつも、短い言葉で二人に教えていた。

最初はそれで納得していた彼らだったが、関心は強まる一方で次第にそれでは物足りなくなってしまうことだろう。

けれど待っていてもリュカからの続きは聞けないままなのだ。
何度か聞いているうちにその傾向をわかっていった双子は、一つ一つ、思いついた具体的なことを聞いていくのである。

「お母さんって僕みたいに剣で戦うの?」

「いや、あまり重い武器は持たないで、よく呪文を使っていたよ。」

「あ…あたしと一緒なんだ。」

嬉しそうに顔をほころばせるポピー。
リュカはポピーの頭を撫でて微笑む。ポピーのきれいな瞳を見ていると、ビアンカのそれをよく思いだす。似通った輝きをしている少女の眼には、リュカは何度も救われてきた。

「僕はお父さんみたいにしっかり強くなっていくよ!」
頭を撫でられているポピーを羨ましそうな目で見ていたティミーは、ぎゅっと拳を強く握って強い瞳で訴えた。


「…ティミーは、強いよ。」

「本当?!お父さん!」

「ああ、本当だよ。」

充分すぎるくらいに、とリュカは胸の内だけでその言葉を続けた。


そこでリュカは、我が子を慈しむ優しい温度の手で、息子の頭を撫でた。


待っていた感触に、ティミーも満面の笑みになる。


「よぉーし!僕もうちょっと頑張って歩くぞ!」

「ガウガウ!」
張り切って父親より先導をきるティミーに、慌てて駆け寄るようにプックルが走り出した。

「お兄ちゃん、プックルが“お父さんより前に出ちゃダメだよ”だって。」

うふふ、と微笑みをこぼしながらポピーが行った。


「あ、ごめんプックル。それもそうだね。」

「ガウ〜」

てへへ、と笑いながらティミーはプックルと一緒に馬車の傍まで戻ってきた。


「…さて、そろそろこれを使うか。」
エルヘブンから歩いてしばらく経ち、海辺が見えてきた。

リュカは長老たちからの許しを得て授かった魔法のじゅうたんを取り出す。

「そっか!これでひとっ飛びなんだね!…でもこれ本当に飛ぶのかなぁ。」
持っている分には綺麗な絨毯としか感じられないリュカとティミーに対して、ポピーは近寄っただけで目を見開いた。

「…すごい、とってもきれいな魔法の力を感じます…。」


ポピーはうっとりとした表情で、魔法の絨毯をそっと撫でている。

そんな少女を見て、リュカとティミーは顔を見合わせて、意を決したように頷くのであった。


ポピーが絨毯を広げると、なるほどその絨毯は地面に広がるのではなく、空中を浮遊して留まっている。

「わぁぁ、すごいや!」

「早く行きましょうお父さん!」

「そうだね、よし。二人とも気をつけて乗るんだよ。プックルも怖がらないでおいで。」

リュカが絨毯に乗り、次にティミーが意気揚々と乗り込む。
そしてティミーはポピーが絨毯に乗るのを手伝ってあげて、ポピーもプックルと馬車に呼びかけた。


一同が乗ったことを確認したリュカが天空の塔が或る方角へと指差す。
すると絨毯は森を見降ろす高度まで浮上して、リュカの意のままに、まっすぐに進みだした。

双子の笑い声が優しく響く。


…リュカは思わず言葉を失った。


見渡す広い世界の絶景に感激したというよりは、あてのない懐かしさに襲われたからだった。

…空を飛ぶなんて、夢でしか見たことなかったけど…。


「…そうか。」


そこまで考えて、リュカは納得したように独り言をこぼした。

夢で見たんだ、この景色によく似た夢を。



レヌール城でのお化け退治を済ませた後、二人してフラフラになってアルカパの宿屋に戻った時のこと。


父親の寝息を隣で感じ、安心を覚えた自分はベッドに身を入れてすぐ眠りに落ちた。

夢を見る余力もないほど疲れ果てたはずだったが、一つだけ夢を見たんだ。


空を飛ぶ視線で始まったその夢は、誰と一緒にいるのか、自分の力で飛んでいるのか、はたまた何かの乗り物や生き物に乗って飛んでいるのかもわからなかった。

それだけど、何のために飛んでいるのかだけは、よくわかっていた。


“ビアンカの所へ、早く行かなくちゃ”




翌朝、仕度であまり時間がない中であったがリュカはビアンカにその夢のことを打ち明けた。

「空を飛ぶ夢は、私もよく見ることがあるわ。」

「僕は初めてだから、驚いたよ。」

「そうなの?…夢の中だけど、空を飛べるって素敵よね。」
ビアンカはそこで言葉に区切りをつける。少しだけ照れくさそうに微笑んで再び彼女は口を開いた。


「あたしのこと、夢でも探してくれたんだね。」

朝日に照らされる少女に、リュカは返す言葉を見つけられなかった。

「確かに、骸骨に連れて行かれちゃうのはすっごいショックだったわね。…今度はリュカがうなされないといいのだけど。」

そこでビアンカは心配そうにリュカの肩をなでた。

「きっと大丈夫だよ。」

「そうね、リュカは強いんだもんね!」

「うん!!」

「さぁ、あの子猫ちゃんを助けに行きましょ!」




「ガウ?」

回想に浸った自分の異変に一番に気付いたのは、あの時の思い出にもいたプックルだった。

「…プックル。」

「グルル」

「そうだね…早く、ビアンカに逢いたいね。」

「ガウ!」


「うん、きっとビアンカも待ってる。」

「あ、お父さんプックルとお母さんのお話しているの?」

「いいなー!僕達もまぜてよっ」


双子がプックルにじゃれつきながら、父親にまたお話をせがむ。


リュカはまた優しく笑いながら、自分と彼女が幼い時のお話を、いつもより長く語って聞かせた。



うっとりしたように聞くポピーと、瞳を輝かせるティミー。



「…ありがとう、ビアンカ。」

朝日がよく似合う彼女は、本当に朝日のような生命力を抱いた大切な子供たちをこの世に呼んでくれた。


必ず、君を見つけだすから。


信じて待っていて。



大空の向かい風を一身に受け止めながら、リュカは東の空へ誓った。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ