Y-少年少女の軌跡
□きちんと言葉で
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「まいったなあ…。」
レックは一人背を壁にもたれかけ、頭をくしゃくしゃとかいていた。
ここはクリアベールの宿屋のある一角。他のパーティー達は皆体を休めているのだろうが、彼は自室で寝転がることなく、廊下でうなだれるように立ち尽くしていた。
「よう、どうしたんだレック?」
外で買い出しに行っていたハッサンが通りかかり、廊下にいるレックに声をかけた。
彼も皆と同じく旅の疲れがたまっているはずなのに、どうして休もうとしていないのか。ハッサンは少し心配したようにレックを見やっていた。
レックはハッサンをじっと見てから、うーんと唸っていた。
そんなレックにハッサンもうん?と首を傾げる。
「いや、なんでもないよ。ちょっと部屋にいると息がつまっちゃって。」
「ふうん?そりゃ大変だな。なんかうまいもんでも食べに行くか?」
「いや、ここにいれば大分楽だから。ハッサンは部屋で休んでてくれ。」
「おう!そんじゃまた明日な!」
ハッサンはレックの言動を不思議に思いながらも、素直にその場を後にした。
「ハッサンに相談しても困らせるだけだろうし…というより冷やかされたくないからな…。」
レックはそう胸の中だけで呟いた。
彼がここでたった一人いるのには訳がある。
レックは斜め前にある扉を見やり、また一つ溜息をついた。
明日の出発までになんとかこの問題を解決しておかないと…。レックははたして今夜はぐっすり眠れるのだろうか、と途方にくれていた。
「こんばんはレックさん。」
男性陣が泊まる部屋からチャモロが出てきて、通り際にレックに声をかけた。
レックもその挨拶に軽く手をあげて応えた。
「部屋にいたら息が詰まったと聞きましたよ。」
「あー、うん。ごめん心配かけてたら。」
「いえ、こちらこそ…。」
レックは早速ハッサンが部屋にいたチャモロに話していいたのか、とぼんやり考えて、心配かけまいと笑顔で言った。
しかしチャモロはやたら神妙な面持ちである。疑問符を浮かべるレックに多くは語らず、そのまま部屋に戻らず、かといって宿屋のロビーや出口の方向でもない、別の個室の方向へ歩いて行った。
「…あれ?あっちってミレーユの…」
レックは思わずそう呟き、少し動揺する。
「えっ…あの二人が…?いやいやまさか…。え、でもな…」
単純であり妙な勘ぐりをするあたりが、思春期の少年らしかった。
今夜の部屋の分配は、男性陣は共同部屋だったが、他に空いている部屋が個室だけだったため、女性のバーバラとミレーユはそれぞれ個室に泊まることになっていた。
妙な勘ぐりをした後、レックは自分を省みて溜息をついた。
「いや…オレも似たようなモンか…。」
どうやら彼の中ではチャモロとミレーユがどうにかなっていることがふわりと確定したらしい。
その上で、レックは人のことをとやかく言えないよなぁ、と自分に対して呆れていた。
「そろそろお姫さまのご機嫌はよくなったかな。」
気を取り直すように深呼吸してから、レックは勇んで斜め前の扉のドアノブに手をかけた。
扉をそっと開けて中の様子を窺う。
ささやかな広さの部屋に一つのベッドと鏡台。ベッドの上は毛布がこんもりと膨らんでいる。
「静かだとは思ったけど、寝てたのか…。」
オレの気も知らないで、とそこでレックは不機嫌そうな顔になった。
彼はベッドの傍まで寄り、そっと毛布に手をかける。
持ち上げた途端、視界に映るのは愛しい人の寝顔…と思ったら、とてつもない速さで迫ってくる拳だった。
「レックのすけべー!!!」
「ぐほっ!!?」
とても細い腕から放たれる力とは思えない不意のパンチを食らい、レックは後にたじろいだ。
「ち、違う!オレはそんなつもりじゃ…!」
レックはそう言って目の前でいきりたつ少女に慌てて弁明する。
ベッドでうずくまる少女―バーバラは凛々しい顔を厳しい表情にしてレックを睨んでいた。
「寝ている女の子の毛布に手をかけといてよく言うよ…!」
彼女の表情は少し紅潮している。
そんな彼女を見たレックはなんとか彼女の張り詰めた気持ちを落ち着かせたく、深く考えず口を開いた。
「バーバラ、顔赤いよ?まんざらじゃないんじゃない?なーんて…」
と、冗談だと明言する前に、枕とそして鏡台にあった洗面具が次々とレックめがけて飛び込んできた。
これにはレックは慌てて部屋を退散する他なかった。
逃げるように部屋を飛び出したレック。本日何度めかわからない溜息をついた。
「は、話を聞けよな…」
さて状況を訳のわからぬうちに悪化させてしまったと悩むレックの目前には、いつのまにかミレーユが立ちかまえて穏やかに微笑んでいた。
「ミレーユ…!」
そうだ、最初から彼女に相談しておけばよかったと、レックは気付いた。
大人の女性の彼女なら、不機嫌にしてしまったバーバラへの対応を教えてくれるだろう。
「チャモロが相談してきたから何事と思ったけど、そういうわけね。」
うふふ、と笑うミレーユにレックは縮まるように照れくさくなる。
「そうね、廊下で話すのもなんだから部屋で相談にのるわ。」
ミレーユはそう言って自室へと歩き出す。
レックはバーバラのいぬ間に他の女性の部屋に行くことにためらったが、ちらと閉ざされた扉を見てから仕方ないと考えミレーユの後をついていった。
「随分前からあそこに立っていたらしいわね。ハッサンが訳を聞けば息が詰まるって説明したんでしょう?それを聞いたチャモロが自分のせいだって相談しにきたのよ。」
「…チャモロが?」
自分があそこで立ちつくしていたのは他でもないバーバラのためだったのだが…。
どうしてそんな誤解に至ったのだろうとレックはミレーユの言葉を待った。
「レックはチャモロが宿屋でゲント族のしきたりの祈りをしているの知ってるでしょ?」
「うん、毎晩欠かさずやっていて立派だなあと感心するよ。」
それを聞いてミレーユは頷いた。
「そうよね、すごいと思うだけで、別にその祈りを煩わしいなんて思わないわよね。」
「もちろん。」
「チャモロはそうは思わなかったみたい。自分のいつもの行いが、同室になるレックを不快にさせてしまったんじゃないかって、そしたらハッサンも今は言わないだけで煩わしいんじゃないかと相談してきたの。」
「不快だなんてとんでもない!」
レックは今すぐチャモロに誤解を解かなくては、と立ちあがったが、ミレーユが穏やかに彼を制した。
「大丈夫よ、それは絶対にない、って私から言ったらチャモロ落ち着いていたから。明日にでもレックの口から説明してあげて。」
「あ…うんそうする。ありがとうミレーユ。」
「いいえ。」
それから本題のレックとバーバラの話になった。
「チャモロが誤解をして相談してきたおかげで、レックとバーバラのことに気づけたから結果オーライね。それにしてもどうしたの?貴方達が痴話喧嘩なんて珍しい。」
痴話喧嘩という単語を改めて聞き、そしてまたミレーユのなんでもお見通しのような言葉に恥ずかしくなりながら、レックは首を横に振る。
「い、いや喧嘩っていうより一方的に怒らせたというか…不機嫌にさせてしまったみたいなんだ。」
「…そう。それならバーバラもチャモロじゃないけど誤解しているんでしょうね。レックは悪気がなさそうだもの。」
ミレーユの優しい言葉にじんわりと心がいやされてから、レックは宿屋で二人におきたいきさつを話した。