Y-少年少女の軌跡

□流星よ、もう一度
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流星よ、もう一度。


「レックさん、どうか気を落とさないで。」


チャモロの声が耳に入ったけれど、彼はそれに応じる程の心の余裕を持ち合わせてはいなかった。


「…レック。」

名だけ呼ぶハッサン。

そして、ため息が一つ音に落とされる。これはテリーのものだった。

「オレは先を急ぐんでな。」

いつしか聞いた事もある言葉で彼はそう言いきり、唾を返し去っていく足音がする。

「ちょっとテリー!」

呼びとめようとするミレーユの声は、いくばくか震えていた。



レックは空を仰ぎ見る。


「……」

呼びたい名前がある。

呼べない名前で、口ごもる。


彼の心をかき乱した、一つの残響。


己の名を呼んだ、あの陽光を思い出させる声。

「レック!」

戦闘中では正気を取り戻せたし

「レックぅー!」

どんな街角からでも、見つけられる自信があった。


「レックってば」


下から見上げられたらば、あまりの愛らしさに目をそむけた程。

だけれど、この耳が熱く火照っていたことは目に見えて伝わっていただろう。







その名は、呼べない。

「いいのか、それで。」

ハッサンの呼びかけも、音でしか彼に届かない。


「レック…私達はね、」

ミレーユの言葉は途中で止まった。

チャモロの持つゲントの杖の音が響いた。



「私達は、それぞれ行くべき途へ戻ります。」


彼の毅然とした言葉に、レックを除いた皆の息を呑む音が聞こえた。


しかし、声をかけられた当人は、指一つ動かそうとしない。

「…それでは。」

チャモロの足音が去り、寡黙だったアモスも静かに去っていく。
ハッサンがたじろぎながら去り、ミレーユの足音は男衆のたてる物音にかき消えて耳で捉えることはかなわなかった。

その時レックは思い知る。

この耳が、たてた物音の持ち主を聞きわける程に、旅に馴染んでいたことに。


けれど今、彼が聞きたい“音”は沈黙の最中、決して響いてはこない。

…そういえばテリーは?

あぁ、もうあいつは最初にここから去って行ったんだっけ。



流星が一つ、瞬いた。


「…ら」

唇がほんのわずか、突き動かされるようにそっと開いた。


もう一度だけ、それを期待したけれど。


決して望み通りにいく大空ではない。




「バーバラ……」



呼べた。



けれど、もうそこに彼以外、誰も立ってはいなかった。


孤独の闇が押し寄せようとしたとき…


「ダメだ!!!!」


「ちょっとハッサン!待つこともできないの?!」

「いいやひけねぇよミレーユ!これは男と男の問題だ!」


「でもチャモロがせっかく…」


そこまでドダバタと騒がしい足音が聞こえ、彼は口元をわずかに力を抜いた。


力が抜けたらば、すぐに出てくる言葉は己への戒めだった。


「このままじゃ、ダメだ!!!」



己の声は、この城の廊下を思い切りよく突き抜けて行く。


騒がしい音はぴしゃりと止む。

そこでまた一つ、よく聞きなれた生意気なため息だけが響く。


「姉さん、オレ達は先を急ごうぜ。」

「ちょっとテリーったら!」


「御急ぎなら、オレもすぐに仕度するよ。」


姉弟のやり取りの間に、すかさず駆け寄るレック。


僅か、だけれど長い間顔を合わせてなかった気がする。


チャモロ、アモス、ハッサン、ミレーユ、テリー…


仲間一人一人の表情を見比べ、レックは一人苦笑した。



「なんだよレック!人の顔見るなり一人笑いしやがって!」


ハッサンがずずっと鼻の音を鳴らしながら、自分よりずっと小柄なレックの脇を容赦のない加減でつっつく。


それにはこそばいそうに応じながら、レックはいまいちど顔つきを引き締めた。


「みんな。」



流星は大空に都合よくは望めない。


だけれど…


「オレの願いを聞いてくれないか。」


「応!」


響く声。

それからレックは、途方のない旅の目的を仲間に話した。





この大地にて出逢った仲間達の眼差しで、己の力に変えていける。


そこに一人の少女の空白の眼差しにより、また一つ、輪をかけて強くなる願いの旅路が、幕を開けようとしていた。



夜明けは、遠い。けれど、レックの眼差しが、朝焼けを思い浮かべる熱さで滾っていた。




バーバラ…。





君にもう一度、会いたい。


この腕で、君を…抱きしめたい。

そのためなら、僕は。


どんな世界をも、渡り歩き続けていこう。


天馬で、どの小さな世界も、見逃すものか。


君にもう一度、伝えたい気持ちがある。


この胸を焦がしてやまない気持ちが。

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