Y-少年少女の軌跡
□きちんと言葉で
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「…レック。」
全てを聞いたミレーユは困ったように笑っていた。
「や、やっぱりオレ、何かまずいこと言ったのかな?」
ミレーユの反応に、レックは再び焦りを覚えた。
ミレーユは先ほどのレックの話を確認するため口を開く。
「今夜は珍しくバーバラが個室だから部屋に遊びに行きたいっていったのね?」
「うん。…って、深い意味はないぜ?!」
レックはミレーユの少し冷めたような言葉に慌てて取り繕う。
「あなたがそう思っていても、女の子が恋人からそう言われたら動揺せざるをえないでしょう。個室だから、ってわざわざ言ったのがまずかったかもしれないわね。」
「そ、そうか。個室だからってのは、例えばミレーユに迷惑かけることなく夜遅くまでおしゃべりできるから、って意味だったんだけど…。」
「言葉にしなくては伝わらないものね。二人とも微妙なお年頃だもの。バーバラは混乱しちゃったんでしょう。」
「微妙なお年頃…?」
ミレーユの冷静に判断した言葉のうち一つが気になってレックが聞き返す。
自分探しの旅をするに見合うほど自分は成長しているつもりだったのだが…と少し反論の気持ちも含めていた。
「そういう事に至ることが不自然にみえるけど自然かもしれない、そんなお年頃のことよ。」
「…!」
これにはみるみる顔が紅潮しうつむき気味になったレックだった。
自分にとって事に至るのはこの旅にけじめや区切りがついた時にしよう、としっかりと考えていたので不意にはっきりと言葉にされてしまい平然としていられなかった。
「レックのことだからそこのところはきちんと考えているでしょうから、その話題はここまでにしておくわね。今はバーバラの不機嫌…というより困惑をなんとかしてあげましょう。」
「ああ、さっきはいきなり顔を真っ赤にしてビンタされてさ、訳を聞こうとしたら部屋にとじこもってしまって、出てくるのを待ってたんだ。しばらくして部屋に入ってみたらスケベって罵られて今度はグーで殴られるし…。」
「あらあら。」
ミレーユは若い二人を微笑ましく思いながらも、レックの立場からしたら笑えないだろうと考えた。
「差し出がましいかもしれないけど、私も一緒に言って誤解をときましょうか。」
「願ってもないよミレーユ!そうしてくれ。」
レックの必死な形相にまた微笑んだミレーユは、すっと立ち上がった。
レックが部屋の扉を開いた時、彼はすぐに廊下に出ることなくその場で立ち止まった。
そんな彼に疑問符を浮かべたままミレーユが扉の向こうに視線をやると、驚くことにそこには廊下で体育座りをしていたバーバラがいるではないか。
ぶすっとした表情のままうつむいていたらしく、二人が出てきたことにようやく気付き目を丸くしていた。
それから慌てて立ち上がり、歩み寄ろうとしたレックに向けて大声を出した。
「私が嫌がったらミレーユのところに行くなんて!!!もうレックなんて…レックなんて!!!」
真っ赤の顔で息まきながら言うと、彼女は宿屋の出口の方向へ走りだしてしまった。
「バーバラ!!」
レックはどうしてそうなる、と頭を痛めたあと、ミレーユが後ろで心配してくれていることも忘れてがむしゃらに彼女の後を追った。
「…バーバラは賢い子なのに、好きな人のことになると周りが見えなくなっちゃうのね。」
一人その場に取り残されたミレーユは、そう呟いてから「…なんて、誰でもそうよね。」とまた独り言を口にして部屋に戻った。
あれだけ真剣な思いの二人なら、ぶつかりあえばきちんと解決するだろう。そう確信していたミレーユは、部屋で吉報を待つことにしたのである。
「待てよバーバラ!」
小柄な少女にいともたやすく追いついたレックは宿屋を出た暗がりの道で、彼女の腕をつかんだ。
いやいや、と首を横に振ってその手を振り払おうとするが、レックはつかんだ腕にそのまま力をこめて、自分の方へ抱き寄せた。
「レック…!」
離して、と言う前に、彼女の顔は彼の胸板に押し付けられる。
ぎゅうう、と力強く抱きしめられ、押し戻すことも振り払うことも、はたまた抵抗の言葉を口にすることもできなかった。
彼女は彼の抱擁をただ感じるのみである。
「…わかれよ。」
荒い呼吸のままレックは吐き出すように言った。
バーバラはびくりと体を震わせる。
「オレがどんなにお前が好きか…」
これを聞いて今度は体が硬直してしまった。
「オレの鼓動、早いだろ…?これは走ったからじゃない。バーバラが近くにいるからだ…。」
そこでバーバラはそろそろと視線をあげる。
視界いっぱいに、優しい彼の表情が映った。
「好きだから、何よりも大切にする。約束するよ。バーバラをむやみに求めたりしない。」
この旅が終わるまでは…というところまでが本心だが、そこはあえてのど元でとめておいた。
「んんぅ…」
バーバラは変わらず押さえつけられてるため、名前を呼ぼうとしたがくぐもった音にしかならなかった。
そこでレックは、少しだけ腕の力を弱め、半ば彼女を解放する。
「レック…じゃあ、さっきの宿屋に入る時の言葉は…?」
やはりミレーユの考えた通り、自分の足りない言葉のせいで彼女に誤解を与え困惑させてしまっていたみたいだ。
レックはミレーユに話した通り、他の誰に気兼ねすることなく二人でのんびり語らいあいたかったのだということを伝えた。
「それと、部屋に入ったのはビンタされた意味がわからなくて説明してほしかったから。あと、ミレーユの部屋にいたのは、バーバラのことで相談していたからだからな。」
「…そ、そうだったんだ…。」
途端にバーバラは申し訳なさそうにきゅっと縮こまる。
レックはそんなかわいらしい彼女の行動に再び鼓動を早めつつ、やはり旅が終わるまで彼女の体を求めないというのは厳しいノルマかな、と考えつつ、優しく言葉をかけた。
「オレも言葉が足りなかったけど、バーバラもオレの何に怒っているかくらい、教えてくれ。じゃないとオレさ、そんな気のまわる方じゃないから…。さっきみたいに余計に怒らてしまうことしかできないんだよ。」
「うん、そうだよね、あたし勝手な行動しちゃったね。ごめんなさい。」
普段は気の強い彼女だが、自分に非があると思った時はこうして素直に頭を下げてくれる。
レックはバーバラの頭を撫でて、「じゃあ今日はもうおあいこ。」と笑いかけた。
「次からは、お互いちゃんと言葉にしような。」
「うん。約束ね!」
バーバラが差し出した小指に、レックも自分のそれを絡める。
二人はその後、おやすみの口づけをしてから各自部屋に戻ったそうだ。
せっかくの夜長のおしゃべりの機会は、また次の時のお楽しみにしておこう。
互いに気をもんで体力の使った今日は、夢でまた愛しい人に会うことにしたようだ。
そうして、レックとバーバラは穏やかな気持ちで眠りにつくのである。
ミレーユは二人が静かな足音で二人そろって宿屋に戻ってくるのを感じて、彼女もまた優しい気持ちで眠りだすのであった。