相思相愛には程遠く
□2.
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その後、私はカッコよく成長したカズ君に驚いたまま、合宿場からきたどこかの黒くて大きな高級車に乗せられた。
中も綺麗で、座席もやはり高級感溢れる肌触り。
二人共席につくと、カズ君が『出してください』と運転手さんに声をかけた。
『お、お願いします…』
少し消え入りそうな声になってしまったが、運転手は聞き取ってくれたらしく『はい』と言ってくれた。
(なんか感動する)
そうして私達は手を降って見送りしている母と家を後にした。
* * *
ラジオや音楽も何もかけられていない高級車の中で、私はぼーっと窓から変わりゆく景色を眺めていた。
ちらっとカズ君に視線を向けると彼もまた、一人黙って景色を見ている。
その横顔も一年前より大人びた雰囲気を感じた。
(あれ?私、カズ君に渡すものがあったんじゃ…)
ふと何かモヤモヤしたものが浮かんだが、すぐに分かった。
『あっ!』
徳川)『どうしたんだ、何か家に忘れでもしたのか?』
今まで黙っていたカズ君も私の声にさすがに驚いたらしく、心配した様に訊ねてきた。
『あのね、お母さんがカズ君にこれって』
徳)『!…おばさんのレモンの蜂蜜漬けか』
彼に手渡したのは、さっき母からカズ君にと言われた母特製のレモンの蜂蜜漬けだった。
すると、彼の目がぱぁっと輝きだした。
(中身は昔のまんま)
そう思うと、思わずぷっと吹き出してしまった。
徳)『な、何がおかしい…』
『ごめんごめん…ふふっ、カズ君て昔からお母さんのレモンの蜂蜜漬けをあげるとすっごい喜ぶよなぁって』
徳)『そんなに喜んでる様に見えるのか?』
『うん!カズ君の目がきらきらしてるよ』
そこまで言い終わると彼は恥ずかしくなったのか急に顔をほんのり赤らめて黙ってしまった。
『あ、ごめん…怒った?』
徳)『いや…俺の事よく見てるなと思ってな』
(笑った…)
私はその時の彼の笑みを確実に鮮明に見ていた。
綺麗な笑みだった。
きっと、女の人が見たら一瞬で好きになってしまうようなそんな笑みだった。
(って、私も女なんだけどね)
彼は、身近な存在過ぎて"ときめく"と言う乙女チックな感じには至らなかった。
(でも、カズ君の笑顔久しぶりに見たなぁ)
ずっと一緒にいたけど、彼は私の前でもあまり表情を表に出す人ではなかった。
彼の笑顔なんて何年ぶりに見ただろうか…
徳)『…なぁ、琴葉』
『ん?なぁに、カズ君』
徳)『お前は本当にこれでよかったのか?』
何だか真剣な顔をしてどんな一言が彼の口から出るのかと思ったら、そんな事で。
『…それって、カズ君は私が本当はここに来たくなかったんじゃないかって思ってるって事かな?』
徳)『……あぁ、電話した時は俺も強引だったから』
ずいぶん溜めてから吐き出されたそれはよほど肯定するのに躊躇った様だ。
(何だか変なの…)
そんな反応をされてしまえば、正直ちょっと気が狂う。
私は私の意志で今ここにいる。
(でも、カズ君は本当に私を気遣ってくれてるんだな)
彼の表情、仕草、反応が私に彼の思いを教えてくれていた。
ただ、気遣うのがちょっと遅れただけなんだよね。
不器用と言うか、何と言うか…
私は、苦笑した。
『大丈夫、私は自分で行きたいって決めたんだもの』
私は素直に気持ちをゆっくりと彼に伝えた。カズ君は私の方を向いて静かに聞いていた。
『だから、そんな事気にしなくていいんだよ』
ふわりと最後に、カズ君にもう余計な気を遣わせないように"私は平気よ"と言うように彼に笑ってみせた。
徳)『ありがとう、琴葉』
私を今まで黙って見ていた彼はちょっと困惑していたけど、すぐにまた綺麗に笑った。
(よかった、笑ってくれた)
私は彼の笑みを見て、ほっと安堵した。
その時、車が止まり体が反動でぐらりと前に傾いた。
きょろきょろと辺りを見渡せばそこは私の見ず知らずの場所。
運)『徳川様、藍川様合宿場に到着しました』
『あの、ここまでありがとうございました』
運)『いえ…申し訳ありませんがここからは徳川様の指示に従って、黒部様の元に行ってください』
"黒部様"…
そう言えば、私に電話くれた人がそんな名前だった。
徳)『おい、琴葉』
『へ?』
はっと我に返ると、すでにカズ君は座席から降りていて彼の座席側の扉を開いてこちらを覗いていた。
徳)『ほら、行くぞ』
突然すっと目の前に差し出された手にちょっと驚いた。
そして、凝視。
徳)『今度は何だ?』
『なんか、カズ君紳士みたい』