姫王

□1.
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それは突然やってきた―





淀んだ雲が教室の窓から雨が降りそうだと私に告げている気がした。

今日は変に嫌な予感が胸の中でムカムカしている。

予言などのそう言った類いのものではないのだが私の中の何かがそう感じさせた。

(早く帰ろ…)


あまり気にかけないつもりだったけれども、ないがしろにも出来なかった。

一呼吸置いて、私は荷物を早々とまとめて今日の授業の終えたまだ生徒達がざわめく教室を後にした。



今日も変わらない鎮目町のたくさんの人込みの中をするすると避けながら、帰路を歩く。


自慢では、ないけれど私の家は名家と呼ばれている御神楽家の一人娘。

世間で言う、お嬢様ってやつです。

普通はマンガやアニメの中のお嬢様やお坊ちゃまは、学校まで大きな黒い車で迎えに来させるけれど私はそれはしない。

…そういう扱いが嫌なのだ。

お嬢様だから大切に扱わなければいけないと言うちょっとした固定概念が苦手なのだ。

だから、家の執事達に『お迎えは何時が宜しいでしょうか?』なんて言われた時は命令とか言いたくないから『迎えはいらないよ、ありがとう』って言っておいた。

執事さんは何だか困ってた顔してたけど。


そんな訳で、そうこうしている間に私はいつもの徒歩で家に帰って宿題を済ませてお祖父様に剣術の稽古をつけてもらって…




と言ういつもの生活になるはずだった。

と言うか、普通に帰りたいと心の底から願った。

ふと、人混みの多い道の中で立ち止まる。

呆れなのか疲れなのか、溜め息が口から零れた。

(今日は、三人か…)

ちらと後ろに一瞥してゆっくりしていた足並みを速くする。

すると、その三人は私の足の速さに合わせるように忙しなく足音を立てる。

(なるべく人気のない場所へ)

歩く速度の忙しなさはそのままに、猫の様にするすると人を避けていく。

その三人も何とか私についてきている様だ。

このまま彼らを撒くことも出来るが、少しきつーく絞めないと彼らはまた明日、また明後日もと追ってくる事を学習した。

正直、無益な争いは嫌いだが自分の身に危険が迫っている。

…仕方ないよね、敵にごめんなさい。





人混みが終わると、私はどこか知らない路地裏に来ていた。

誘導したと言った方が正しい。


男1)『ご丁寧に道案内どーも』


馬鹿にしたような男の高い声が後ろから聞こえた。


男2)『表は名家の御神楽の一人娘で、裏の顔は…』


その時、一人の男の口の端が厭らしくつり上がった。


男2)『8人目の王"阿修羅の王"…』


その一言に私は無意識の内に少し身を固まらせた。

やっぱり、いつもの様な奴ら…



こんな事に遭うのは初めてではない…むしろ、日常茶飯事と言ってもいい。


『私に何の用ですか?』


男3)『一緒に来てもらう』


『……』


このいつものマンガの様なやりとりにほとほと飽きていた私はがくりと力が抜ける。

(まぁ、いいか。早く済ませて私は帰る)

そう思った私は集中力を高めるため一度大きく深呼吸をする。

本来ならば、腰に我が御神楽家の家宝である大太刀の『白鐸』があるはずだけど物騒なので携帯してはいない。

それに、今の奴らなら素手で十分なのだ。

本格的に構えると、奴らはそれに気づいて戦闘モードに入る。


『どこからでもどうぞ』

男1)『なんだ、やるのか?』


男3)『油断するな…仮にも"王"だぞ』


男2)『んな事どうでもいい、さっさと叩いてやる!』


(私は、さっさと帰りたい…)


私は、男が大声を上げたと同時に少し気だるげに相手に向かって行った。





* * *



『ふぅー、こんなもんかな?』


手をパンパンと叩き合わせて、地面で大人しく眠ってもらっている彼らを見渡す。

あまりにあっけなく終わったために息切れ一つもしなかった。

私は、その男達を壁に凭れかけさせる様に並べると地面に置いておいたカバンを取って、何事もなかった様に歩き出した。

ふと、空を見上げるとまだ陽の光は遮られているように濁った雲が空を覆っていた。


『今日も疲れたなぁ』


まだ何かもやもやした気持ちを胸にしまい込み、薄暗い湿ったビルの隙間から光のある方へ―





?)『っ!おい、どけぇっ!』


『え?っきゃああ!!』


ガシャァン!グチャッ!





…不覚にも一件落ち着いて力を抜きすぎたせいか私の不注意で人にぶつかってしまった。

地面に尻餅をついてしまった私は、打ち付けた腰をさすった。


『あたた…って大丈夫です……か?』


慌ててぶつかってしまった人に目を向けて声をかけると…

目の前には確実に大丈夫そうではない黒い帽子を被った男の人が私と同じく尻餅をついて黙っていた。

頭にはどこかのスーパーのビニール袋があり、そこから黄色いどろりとした液体が彼の顔を伝っていた。

…恐らくあの袋の中身は、卵。
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