姫王

□2.
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美咲さんにスケボーで火事に遭った私の家・御神楽家までものすごい速さで送ってもらった。

今まで止まることを知らなかった涙も美咲さんの温かな励ましのお陰で、やっと収まった。

家の前に着くと、すさまじい人の群が出来ていた。

全員火事を一目見ようと集まった人々だ。

日本の名家である御神楽家なら尚更なのだろう。


美咲)『全然、火ぃ消えてねーじゃん』


『…美咲さん、本当にありがとうございました』


美)『お前これからどうする…っておい!』


美咲さんの制止の声に背を向けて、私は猛ダッシュで群がる人混みを掻き分けていった。




…実は、美咲さんのスケボーの上で考えていた事があった。

冷たい風が頬を斬るように当たる中で祖父や両親の無事を切実に願っていた時。


(私の治癒能力が使えれば…)


私は"阿修羅の王"としての能力の一つである治癒能力を思いついていた。

その名の通り、外部の傷なら何でも治せる能力だ。

ただし、それはあくまでも"傷"のみだ。

その対象の人物がすでに亡くなっているなら、私の治癒能力は使えない。

私は人間であって、命を吹き返すなどの人智を超えている事が成せる神ではないのだ。

(もし…もし、皆が死んでしまっていたら)

不謹慎な考えが頭をよぎる。

美咲さんが一生懸命励ましてくれたのに、こんな事を考えるのは失礼だ。

私は頭を左右に振って、邪念を振り払って目の前に集中した。





男1)『!君っ、危ないから…』
『ごめんなさい、どいてくださいっ!』


制止する消防隊員の人もお構いなしに私は、火の中に飛び込もうとする。


女1)『赫夜お嬢様!』


『あなたは…っ!』


私を呼ぶ叫び声に顔を向けると目の前にボロボロに傷ついた一人のメイドさんが走っているのが見えた。

私は、今にも倒れそうな彼女の元に駆け寄った。


『大丈夫!?他の人は?』


女1)『ハァ…ハァっ、私はまだ…大丈夫なのですが…っ!』


『今、私が治すからじっとしていて』


女1)『申し訳…ありません』


意識が朦朧としている程、そのメイドさんは衰弱していた。

私は、両手を彼女の前にすっとかざす。

(対象者の傷を治癒…)

そう目を瞑って念じると、ぼぅと火が灯ったように私の手から翡翠色の光がメイドさんを優しく包みこむ。


(よし、このまま…!)


そう念じると、私は一気に力を彼女に注ぎこんだ。

翡翠の光が一度強くなると、ぱぁんと光が弾けた。

治癒対象であったメイドさんはすっかり治っていた。


『これでよし…』


女1)『ありがとうございました御神楽お嬢様』


『いえ、お礼なんて…』


その時に、はっとして私はある事を思い出してメイドさんに尋ねた。


『おじいちゃん達は!?』


メ)『隆幸様はまだ…あの火の中です。和治様と小雪様は救助はされましたがもう手遅れで…っうぅ!』


メイドさんは肩を震わせ、嗚咽していた。

"手遅れ"それで彼女の言いたい事が分かった。

それは、"私の世界一大好きな両親が死んでしまった"と言う事。


きゅっと無意識に噛みしめていた唇から血の鉄の味がした。

頬に一筋の生温い涙がゆっくりと流れ落ちる。

…二人を助けられなかった、守れなかった。

悔しさが胸中に渦巻いて自分が崩れそうになる。

(でも、その前に…)

その瞬間、再び私の心に強い意志の灯りが灯った気がした。

崩れそうになった体に鞭を打ちキッと睨み付けるように、燃え盛る家を見据える。

紅く空高く燃え盛るその豪炎は、まるで私を嘲笑うかのように燃えている気がした。


メ)『…赫夜…お嬢様?』


『まだ…まだ、あの中におじいちゃんが』


メ)『##NAME##1お嬢様っ!』


後ろにいるメイドさんと美咲さんに振り向かず、私は一気に火の中に突っ込んでいった。

背後から、メイドさんの悲痛な叫びや救急隊員の人達の制止の声観衆のざわめきがしている。

その中に、あの美咲さんの私を呼ぶ声はなかった。


正直、ほっとした。

(彼は優しいから、きっと私を止めに来る)

それは紛れもない確信になっていた。彼とはまだあって時間も少ないが、彼は優しい人だと分かった。

(そんな人を私の都合で巻き込ませたくない)

そう心から思ったのだ―















* * *






『けほっけほ…っ、おじいちゃーん!』


私は、留まる事を知らない荒れ狂う火の海の中でおじいちゃんを探していた。

火は私を容赦なく襲い、私は首に巻いていたマフラーで口を押さえて煙を吸わないようにするだけで必死だった。
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